『海浜の午後』 アガサ・クリスティー

 

クリスティーの戯曲六冊目のこの本には、『海浜の午後』『患者』『ねずみたち』短い戯曲が三つおさめられている。
ミステリとしての謎解きよりも、舞台の上で、登場人物の表情が変わり、同一人物であるのに、最初と最後ではまるっきり別の人間のように見えてくるその過程を楽しむ三作だったと思う。


海浜の午後』
夏の砂浜にリゾート客たちが憩う午後。彼らの話題は、昨日この地に起きたという盗難事件のニュースだったが、野次馬気分の彼らの間に盗難品が発見されて……。
アクの強い女たちと存在感の薄い男たちとのコミカルな会話がおかしい。


『患者』
ある事故以来、眠ったままになってしまった患者。それはほんとうに事故だったのか。身内が集められ、ある実験が行われるが……。
誰もが患者を心配して、回復を心待ちしている様子。でも実は……。
身動きできず横たわる患者に同情する。


『ねずみたち』
これが私には一番おもしろかった。
三作ちゅう、いちばん短い戯曲で、無駄なく引きしまった印象だ。
一場の舞台の上に閉じ込められて追い込まれて、限られたわずかな人間たちの印象がどんどん変わっていく。
短時間中の登場人物たちの変貌ぶりは、まるで人からねずみへと、見る間に変身していくようだった。(ねずみに申し訳ない)