『せなか町から、ずっと』 斉藤倫

 

せなか島には、山も川も森もある。畑があって牧場があって、町がある。この島は、大きな大きなエイの背中なのだ。エイが、海に浮かんだまま何百年も眠っている間に、島になり、沢山の人が住みついた。
これは、せなか島せなか町で起こったいくつかの、ちょっと不思議な出来事の物語。


自分の暮らしを、地道に営んでいる人たちの暮らしの中に、小さな不思議が混ざりこむ。
誰かに話したら笑われそうな、何かの(幸せな)思い違いかもしれない、と思うような不思議。
もしかしたら、不思議じゃなかったのかもしれない。いつのまにか、見えなくなってしまったもの、聞こえなくなってしまったものに気づいただけなのかもしれない。


チルダさんのカーテンは、風が吹いてもぴくりともしないのに、風のないときにはひらひらとはためくという話。
学校の小さな演奏会で、だれ一人(先生さえも)鳴らし方を知らない伝説の楽器を担当した少年の話。
などなど。
どのお話も、少しだけ幸せな気持ちになる。


とりわけ心に残るのは、島になったえいの物語だ。
島になって、島になり続けているえい。
この島の暮らしが、えいのあこがれと失意の眠りの上にあるということ、それを住んでいる人たちが誰も知らないといいうこと。
それから、この先があること、それも、たぶん人びとはずっと知らないこと。
知らないでいるのがいいな。空気や時間みたいに、誰もが知らずに(忘れて)いられるほど大きくて当たりまえな感じがいいな。
大きくてゆっくりな物語が続いている。つづいている物語の上で、人たちは自分の物語を続けている。