この本に収められた10編の物語は、アルゼンチンが舞台だ。
ほとんどの物語は、ささやかな日常の延長線上にある。
といっても、ある物語は独裁政権・戦時下での息をひそめるような暮らしであり、ある物語は不思議な出来事がちょこちょこ起こっていたりする。それでも主人公たちには、それが日常なのだ。
そのうえ、
「あの手の女性というのは、ぼくらと違って完全に死ぬことがない。死んでまだ一週間だけれど、そのあいだにも死んだり生きたりを繰り返していそうだった」
「物語を語るのが、生きている人とはかぎらない。時には、語られたくなった物自体が、人間を利用して語りかけてくることがある。言葉ではなく、ちょっとした断片や物や呼吸の仕方などを通して」
などなど、読者にとっては、ちょっと素通りできないような言葉に出会ってしまう日常である。
そういうなんでもない日常の物語は、何でもなく終わらない。
最後のページの、ほとんど最後の一文で、がらりと全く違う物語に変わってしまう。
どこのとんでもない場所に連れていかれるか予想できない。
好きな作品をあげるなら、まずは『見知らぬ友』
困ったときにだけ、どこからか現れて助けてくれる不思議な友だち。
最後の一文「これぞわが人生の最高傑作だと確信し、喜びがわきあがってきた」に、あっけにとられ、それからちょっと笑ってしまう。
『立ち入り禁止』
独裁政権下のある家庭。兄は戦場に送られ、両親の寝室は実の息子にさえ、いまは立ち入り禁止。
読んでいる間中、ぴりぴりした空気に息がつまりそうだった。終わったあとでも、呼吸が楽になった気がしない。
『クラス一の美女』
妖怪じみた老人たちに惹かれる。
言いたいことはたくさんあるけれど、最後に
「今はもう、エステファニアもマリータもこの世にいないので、ようやくこの物語をこうして語れる」
と言えるほどの、突拍子もない物語がいくつか、誰の人生のなかにもきっと……ないかな。
『ムコンボ』
最後の言葉は「いらないよ、もう持っているから」
この言葉にいたる物語、というよりも、物語がこの言葉に至った瞬間に、湧き上がる満ち足りた感じが心地よい。