『耳ラッパー幻の聖杯物語』 レオノーラ・キャリントン

 

耳ラッパというのは、ほら貝と巻貝の合いの子のような形をしたものらしいが、簡単にいえば補聴器では?
92歳で、ほとんど耳が聞こえない「私」ことマリオンに、耳ラッパをくれたのは親友のカルメラだった。
マリオンが、息子夫婦に老人ホームに入れられることになったとき、カルメラはいろいろと助言をしてくれた。さらに、機関銃を携えてホームへ行き、マリオンの脱走を助けると約束した。


マリオンは老人ホームに入所する。
広い庭に、いくつもの奇妙な形のコテージが散在するホームは、悪趣味なテーマパークのようだ。入居者まで含めて。
ここで出会う老婆たちが、不気味に素敵で、ちょっと頼もしい。
誰も口を挟む暇を与えずに、延々と自分語りを続ける婆。ホームの所長が自分に懸想していると妄想する婆。自分は若い頃にアフリカ戦線で活躍した侯爵であると自己紹介する婆。などなど……
七十代以上の老女たちの集まりであるのに、その元気なことはどうだろう。(人の話はほぼ無視しながら)異様な持論を展開しながら、エネルギッシュに動き回る彼女たちを見ていると、こちらも元気になっていく。


長編小説であるが、そのあらすじを説明するのはとても難しい。というより、多分、説明できるあらすじなんて意味がないのだ。
突然挟まるシュールで背徳的な伝記、突然のミステリ疑惑に、ファンタジックなあれこれ、突然起こる天変地異……
数限りなく散らばる伏線らしきあれこれは、そうか、一切回収する気はないのだろうな、と途中から気がつき始める。それならそれと眺め渡せば、なんと色とりどりの花畑なのだろう。くらくらしてしまう。


これは、きっと反乱なのだ。既製品のなにやらに対する。
でも、マッチョな反乱ではなく。武器は切っ先鋭い刃物でも飛び道具でもなく。
七十代以上の婆たちが、しっかり崩れた認知をもって立ち向かっていくのだから、最高に愉快だ。
老婆たちの朗らかなこと。最初で最後の人類みたいな顔して。最強だ。
「七〇歳以下の人間と七歳以上の人間を信用してはだめよ。猫でもないかぎりね」
名言かな?