イランの首都テヘランに暮らす女性たち(30人くらい)に取材した絵と文章による記録だ。
先日読んだ<a href="https://www.honzuki.jp/book/355534/review/327699/">『傷ついた世界の歩き方』</a>(デゼラブル)では、イランは「反スカーフデモ」の最中で、ピリピリした空気が伝わってきたものだが、数年後のこちらの本では、町はずいぶん穏やかになったと感じる。風紀警察による、服装の監視は続いているのだが。
民の声が、少しずつ国を動かしていく。
国による規制はたくさんあるが、イランの女たちは縮こまってはいない。パワーがあって、おおらかだ。
だけど、著者がテヘランで会った女性の一人、ゴルロフさんはいう。
「イランの女性は楽しそうに話して、楽しそうにふるまっていても、みんな痛みを抱えているの。そのことを覚えていてほしい」
著者は、元気な女たちの、その痛みまでも、できるだけ読者に届けようとしてくれる。
この本は「~の女」という五つの章に分けられているが、一番最初の章のタイトルが「たたかう女」なのだ。
一人ひとりの女性たちの過去、現在、将来への展望を見ていると、押さえつけてくる手を、めげずに何度でも跳ねのけて、背筋を伸ばそうとしているようだ。
ベリーショートの通訳も、チャドルをやめた主婦も、長袖スカーフ姿というハンデを背負って世界に挑もうとするスポーツウーマンたちも、正義のために走り続ける弁護士も。
それぞれの笑顔は全く異なった笑顔だけれど、どれも眩しい。
どの章の女たちも、大きく見れば「たたかう女」たちだ。文字通り命をかけて、自分の人生を思う存分生きようとしていた。次の世代が少しでも生きやすくなるように活動していた。
テヘランの女性たちを語る言葉は、こちら日本の現状を写す鏡でもある。
通訳メフディーさんが日本にいた頃の話。日本はオーバーステイの外国人を事実上容認していた。外国人労働力を欲していたからだ。けれども、バブルが弾けると手のひらを返すように「不法滞在」と呼び、強制退去を迫る。
パラリンピック委員会のミートラーさんは、東京大会で日本に滞在した折、「みんな親切」「障害者も高齢者も堂々と街を歩いていて感動した」一方、「日本の男性が女性を見る目はなんとなく昔風な気がした」という。
「大学生になったら日本に旅行に行きたい」という女子高校生ヴィオナーさんたち、願いは叶ったかな。
誰もがいつでも、自由に国を越えて、行きたいところに行けたらいいのに。
