『八月の梅』 アンジェラ・デーヴィス=ガードナー

 

東京の小平女子大学の英語講師であるバーバラは、亡くなった同僚の中本美智から、小さな箪笥を形見として譲り受けた。
それは、1965年の春――終戦から二十年後のことである。
箪笥の中に入っていたのは、和紙に包まれたたくさんの酒瓶。美智の手による毎年の梅酒が、製作年順に並べて納めてあった。瓶を包んでいる和紙の裏には、毛筆で手記が綴られていた。
バーバラは、この手記を英語に訳してくれる人を探すが、そこに現れたのが嘗ての美智の教え子である陶芸家の岡田清二。
美智も清二も、広島の出身であり、被曝者だった。
清二には、何か秘密がありそうだ。
大筋、気になるのは、清二が語りたくない個人としての秘密と、読めば読むほどに姿を変えていく美智という女性の半生。それから、バーバラと清二の恋の行方だけれど……。


原爆投下後の悪夢のような広島、被害者や家族の慟哭、入市被爆、後遺症、二次被爆、それから原爆下での朝鮮人の差別、戦後は被爆者が新しい形の差別の対象になっていること、部落差別、さらに、アメリカによるベトナム戦争への介入について、バーバラは考える。
そして聖書の原罪へ。
読者それぞれに対しての問題提起、と思えばいいのだろうか。
主人公は、さまざまな風呂敷を広げ、紐づけて、考えをめぐらすものの、ほんとうのところは、どう考えているのか今一つはっきりしないこと(これ以上堀り進めるのを避けているようにさえ思える)に、少し苛立つ。


訳者あとがきには、作者アンジェラ・デーヴィス=ガードナーが、1965年当時、津田塾大学の講師だったことが書かれている。(ところどころ思い違いかな、と思う箇所はあるが)戦後二十年の日本のここまで細やかな描写は、作者の体験を踏まえてのものなのだろう。文章の間から懐かしい町の気配や暮しの匂いが沁み出てくるようだった。