『黄色いアイリス』 アガサ・クリスティー

 

ポアロものが五篇、パーカー・パインが二編、ミス・マープルが一編、それから幻想小説が一編という短篇集。


ポアロものは、ずしっとした屋敷や、リゾート地のホテルなどを舞台にした、凝ったトリックの殺人事件。
パーカー・パインは、せっかくの休暇中なのに、よろずごと相談的な話から厄介な事件に巻き込まれる。凄腕のスタッフ(?)も健在だ。
ミス・マープルは、事件も思い出話も安楽椅子で。
お馴染みの名探偵たちが活躍する物語は、適材適所、それぞれの探偵に相応しい舞台や事件に、それぞれらしい挑み方で解決していく。探偵たちの個性が際立って、楽しかった。


名探偵たちの短編に混ざった幻想小説一編。
幽霊が出そうな古めかしい屋敷の客になった青年に鏡が見せる、予言のような場面が印象的で、暗い終わり方を想像してしまうのだけれど……。


十一篇の短編の内、いくつか、見覚えある情景に出会った。
あ、既視感……。この物語、私は読んだことあったっけ、と思う。
そう思うほどに、これまでに読んだことのあるクリスティーの別の長編と、物語の始まりや設定が一緒なのだ。
たとえば、誰もいないはずの大櫃のなかからみつかる死体。
亡くなった妻の死を悼んで一年後に開かれた、同じ招待客を招いての晩餐会。
それから、時間厳守の当主のもと、いつも通りのに晩餐を告げるゴングが二度、打ち鳴らされる。そこに、まさかの銃声。
などなど……あの難事件だよね?
もちろん起こる事件の犯人もトリックも、嘗て読んだものとはまったく違っている。一つの設定から、まったく別のミステリがもうひとつ生まれたってことかな。すごいなあ。