『チムニーズ館の秘密』 アガサ・クリスティー

 

クリスティ―作品のうち、ポアロミス・マープルなどのおなじみの探偵たちが登場する作品だと、作品にはなんとなくお決まりの雰囲気があり、読む前から、それを期待してもいる。マープルといったら安楽椅子(いや、実際はそれなりに動き回るのですが)とか。
ところが、お馴染みの探偵が出てこない「ノン・シリーズ」と呼ばれる長編作品群は、まったく何が起こるかわからない。
数いる登場人物の誰が探偵役なのか、そもそも探偵役なんているのか、何が起こって、どう展開していくのか、ときには舞台や時代さえも、ほんとに未知数で、自由だ。


この物語は、始まりがアフリカで、ある旅行会社に勤める観光案内役の青年アンソニーが、高額の謝礼と引き換えにロンドンの出版社に、ある手稿を届けることを請け負う。
これは、バルカン半島のヘルフォスロヴァキアの元大大統領が書き残した自叙伝で、ヘルフォ~は革命前夜。次の政権を奪い合ういくつかの陣営、利権を狙うイギリス政府高官や財界人たち、そして、テロ組織などが、アンソニーが運んできたものを奪取しようと躍起になっている。


これまで数多の賓客をもてなしてきた邸、チムニーズ館に、その週末、ヘルフォ~関係の各界大物たちがそれぞれの思惑を持ち寄って集っていた。
だが、真夜中にヘルフォの王位継承者である王子が殺されてしまう。
さらに、フランスの伝説の大泥棒(変装の名人、語学の達人)キング・ヴィクターがここに現れるのではないか、という噂もちらほらと……
手稿(と、ほかの書類も)を失ったアンソニーも、チムニーズ館に到着する。
それぞれの利害関係のもと、殺人事件、盗難事件、宝探しまでも繰り広げられ、お祭りのような賑やかさ。
人知れずロマンスなども花開く。


見事に作者のミスリードに乗って、ぜったいそういうことだよねと思っていた当ては、見事に外れた。
次つぎに驚かされる謎解きの場面では、最後の最後に、ああ、まさか!という留めを刺された。
なんと、スケールの大きなロマンチックだろう。
たとえば中途半端なロマンスなどは照れくさくて読むのがしんどい時もあるものだけれど、ここまで徹底していると、ため息しかない。ああ、いいもの読んだよね。楽しんだよね。


解説にあるとおり、「ヘルフォスロヴァキア」はユーゴスラヴィアに似ている。起こった事件も。