エルキュール・ポアロのシリーズとしては二作目で、ポアロとヘイスティングズ大尉(ワトソン役)がまだ一緒に暮らしていたときの物語だ。
ポアロのもとに、探偵の援助を求める手紙が舞い込む。依頼人は身に迫る危機を訴える。
そして、二人は、出発する。
依頼は、フランスから。ブーローニュとカレーの中間の静かな村里である。ポアロものでフランスが舞台の作品は初めてだ。
ところが、現地に到着したポアロを待っていたのは、依頼人である富豪ルノー氏が殺された、との報だった。
殺人事件である。
パリから敏腕刑事のジローが到着するが、名探偵を目の敵にする失礼なやつ。
「猟犬」とあだ名をつけられるほどに、現場の小さな手がかりの痕跡を見逃さないジローと、(たぶんもっと大きなところを見ているのだろうけれど)一見とらえどころのない発言で周囲を煙に巻くポアロとの一騎打ち的な雰囲気になる。
物語がまだ始まらないくらいの最初のほうで、ヘイスティングズは、電車のなかで一人の若い女性と知り合う。「いま風」の不作法な娘に、ヘイスティングズは眉をひそめつつ、我にもなく惹きつけられてしまう。自分の名前はシンデレラだと名乗って、風のように姿を消したその娘に、まさか事件のあった村で再会しようとは……。
ポアロものにも、ミス・マープルものにも、ときどき出てくるジロー刑事のような嫌な奴は、我らが名探偵と真逆の道を行く。そのあげくにこてんぱんにやりこめられることになっているので、登場の場面から、勝手に哀愁を感じてしまう。お気の毒である。
そして、シンデレラ。彼女の分身のような娘たちも、クリスティーの物語のおなじみさんではないだろうか。世間の常識なんかどこ吹く風。身軽で冒険心に満ちた彼女たちは、いつのまにか名探偵をすっかり喰ってしまっているのではないだろうか。
結局、人が二人も(いや、三人かな)殺される物語なのに、あと味のよいこと。センスのよい納まり方に拍手して、わたしも言いたい。「ちくしょう」