『おしどり探偵』 アガサ・クリスティー

 

 

トミーとタペンスは結婚六年目。平和で幸せな生活にすっかり退屈していたところに、秘密情報局カーター長官から、六ヶ月程度の期間限定で、とある国際探偵事務所の所長をやってみないか、と持ちかけられる。
実はこの事務所、どうやら海外のスパイ組織の中継所であるらしい。
元々の所長はすでに逮捕されたが、口を割らない。
そこで二人、探偵事務所の所長になりすまし、情報を受け取ってほしい、とのこと。
ついでに探偵業などもやってしまおう。


ということで、16の短編は、「探偵ごっこ」の二人が解決した事件の記録だ。
事件は、日常の謎的なささいなものから、殺人事件まで、多種多様。
当然しっかりしたミステリで、「探偵ごっこでしょ」と甘くみたら大間違いだ。何しろトミーとタペンス、六年前には、国家を揺るがす陰謀を、大活躍の末、危ういところで押さえ込んだのだから。
とはいえ、トントン拍子に事が運ぶわけでもなく、途中で、とうとう、かのスパイ組織に正体がばれかけて……


なんといっても二人の掛け合いが楽しい。
ことに、自分たちのことを、ものすごく忙しい有能な探偵である、と依頼人に思わせるためのはったりには、笑ってしまう。


二人と事件を経て顔見知りになったスコットランドヤードのマリオット警部は言ったものだ。
「あなたたちのように生活を楽しんでいる人を見ると、うれしいんですよ」
このシリーズの魅力ってそういうことなのかもしれない。
彼らには日々が冒険で、冒険は喜びなのだ。


巻末の堺三保さんの解説の
「ここでおもしろいのは、探偵としての素養がない二人が、自分たちが読んだ推理小説とそこに登場する名探偵の手法を参考に、「探偵ごっこ」を繰り広げるという趣向」
との言葉どおり、ミステリファンは、思わずにっこりしてしまうような仕掛だ。(わたしは、ホームズとポアロしかわからなかったけれど)


やがて、探偵役もすっかり板についてきた二人だけれど、とうとう引退するときがくる。
「偉大な探偵たちは引退してミツバチを飼ったり、ペポカボチャを育てたりすることになるの」
だけど、二人には新たな「冒険?」が待っているらしい。
最後はタペンスのこの言葉。
「ああ、トミー、なにもかもすばらしいと思わない?」