『運命の裏木戸』 アガサ・クリスティー

 

 

いまや老夫妻と言われるような歳になったトミーとタペンスは長閑な日々を過ごすため、田舎に家を買って引っ越した。
まえの住人の蔵書もそのまま譲り受けたのだが、そのうちの一冊のなかに、あちこちの文字に印がつけてあるのを、タペンスは発見する。
その文字を続けて読んでみると、こういう文章になる。
「メアリ・ジョーダンの死は自然死ではない。犯人はわたしたちのなかにいる」


長い年月の間に、いくつもの家族が、次々に暮らして、去って行ったこの家。
いったいメアリ・ジョーダンとはいつの時代の人なのか。そのとき、この家はどんな秘密を見ていたのか……
タペンスは、この文章の意味を解こうとする。
過去の出来事かと思っていたら、どうやら、現在と密接につながっているらしい。
しかも、ほかならぬトミーとタペンスがこの家に引っ越したことを、諜報部の偉い人たちは、なんらかの理由で喜んでいる。
喜ぶと同時に、この件に鼻をつっこむことでもたらされる危険についても忠告されるのである……


物語の始まりで、譲り受けた本を前に大喜びするタペンスがかわいい。(老夫妻であるけれど、二人とも若い時と気持ちはちっとも変わらないみたいだ)
子どもの頃に読みふけった愛読書たちに再会して、「ああ、なんてわくわくしながら読んだことでしょう」
「改訂版なら(いまでも)手に入るけれど、たいていは文章がちがっていたり、挿絵が変わっていたりなんですものね」
「すっかり忘れていたおかげで、また読みかえしても面白いわ。昔、読んだときもほんとに面白かったけど」
などなど、引っ越しの荷ほどきを後回しにして読み耽るタペンスの言葉に、わたしもわくわくした。


家の中に隠された秘密を探し出す。内側から、外側から。
宝さがしみたいだ。
でも、その背中は、誰かに見張られていて、突然危険が訪れるのだから
今回目覚ましい活躍をしてくれたのが、トミーとタペンスの愛犬ハンニバルで、目覚ましい活躍(?)に、何度も微笑んでしまった。
とはいえ……諜報部がからんで、真相のすべてを洗いざらい読者に披露してくれるわけではないので、(もちろん、知りたいことは知ることができたわけだけれど)本を閉じても、正直なんとなく居心地が悪い。
わたしは、あの本に印をつけた人物のことをもうちょっと知りたかった。
誰も知りえない秘密を知ってしまったこと、それを誰にも話せないことなど、どんなに恐ろしかっただろう、どんなに無念だっただろう。
古い時代のことで、知る由もないのはわかっているのだけれど。そして、タペンスの体験が、そっくりそのまま、あのころの再現ともいえるのだろうけれど。