『NかMか』 アガサ・クリスティー

 

 

イギリスがドイツと闘っていた1940年の春。トミーとタペンスの双子の子どもたちは、志願してそれぞれの持ち場で戦争に協力していたが、親たちにはどんな仕事も見つからなかった。二人は、四十代半ばになっていた。
そこへ、「秘密機関」から、トミーに内密の依頼がある。スコットランドの港町リーハンプトンのゲストハウス(賄いつき下宿)「無憂荘」に、身分を隠して滞在し、ドイツのスパイ、NとMを探せ、というのだ。
なお、今回に限っては、妻のタペンスを同行することはできない。トミーは一人で旅だつ。
とはいっても、そんなこと、タペンスが素直に応じるだろうか。
トミーはいう。
「タペンスとわたしは(中略)どんなことであれ、いっしょにとびこんでゆくんです--どこまでもいっしょに!」
というわけで、結局、今回の冒険にも、二人一緒に立ち向かうことになるのだが、どのタイミングで、どのような方法で、タペンスが参入してくるのか、ということも、この物語の楽しみのひとつであった。


戦時中、ということで、国民たちは進んで我慢し、志願し、志願しても受け入れられなければ憤慨する。わが子の出征を誇る。敵を憎み、祖国への愛を口にする。
その一方で……
「(心楽しいはずの風景を眺めながら)このたえずのしかかってくる恐ろしい不安、これにさいなまれることがなければ」
「なんでもかんでも祖国、祖国、祖国! 祖国を裏切るとか--祖国のために死ぬとか--祖国に奉仕するとか、そもそもなぜ祖国がそんなにたいせつなんでしょう!」
「あるひとびとにとっては志士かもしれないけれど、ほかの人たちには反逆者でしかありません」
愛国心だけではじゅうぶんではありません。敵にたいして憎悪の念をいだくことがあってもならないのです」
戦争真っ只中の1941年に出版されたこの本のなかに、人々の本音が、あちこちに織り込まれていることを、頼もしく感じた。


ミステリとしてはたぶん易しい部類に入るのではないか。それよりも、この物語(シリーズ)の見所は、トミーとタペンスの掛け合いの楽しさと冒険のワクワクではないか、と思う。
そして、まだまだ戦争の終結までには長い時間がかかるわけだけれど、この暗い時代のさなかに、ほのぼのと明るい読後感が待っていることがうれしい。ああ、そうなってほしいと思っていたよ。というのと、まさかそんなことをしてくれるとは。というのと。