『動物園ではたらく』 小宮博之

 

動物園ではたらく (イースト新書Q)

動物園ではたらく (イースト新書Q)

  • 作者:小宮輝之
  • 発売日: 2017/11/10
  • メディア: 新書
 

 

著者は、1972年に多摩動物園の飼育係になった。その後、上野動物園井の頭自然文化園の飼育係長、飼育課長を経て、2011年まで上野動物園の園長を務めた。
その間、四十年。試行錯誤しつつ、こつこつと継続しててきたもの、かわって(変えて)来たものものもある
そもそも動物園の役割って何なのだろう。動物にとって、人にとって。環境にとって。


動物たちのエサについての試行錯誤のこと。
たとえば、ゴリラが初めて上野動物園にきたとき、えさは、近似種であるチンパンジーのメニュー(果物中心)を参考にしたが、栄養過多になってしまったそうだ。そこで……。
著者はいう。
「同じアフリカのジャングルに生息していながら、別々の種に進化したのは、この2種が食べ物をはじめ、異なる生き方をしていたはずだと、もっと早く気づくべきだったと反省したものです」


「コイは、水辺に自然や魚を復活させようといった名目でよく放流されます。しかし、コイは魚の世界の家畜であり、野生動物ではありません」
野生動物ではないコイたちの存在は、何を脅かしたのかといえば……。
井の頭池から、人々の人気者だったコイをとうとう追放する決断を下したのには大きな理由があった。


動物園、水族館は、希少動物を生息地域外で増殖し守る「域外保全」を担い、さらに一歩踏み込んで生息地域内での保全活動「域内保全」に貢献する。
たとえば、高いレンタル料を払って中国から借り受けるパンダ。
よく「パンダの子が生まれても、中国へ帰ってしまって、日本のパンダにはらないのでしょ?」という質問を受けるという。私も不思議だな、と思っていた。
パンダは絶滅が危ぶまれる動物だ。
子どもが生まれても、その後、動物園内だけで繁殖できるような動物ではないのだ。
パンダのレンタル料は、パンダを絶滅から救うために使われるのだそうだ。
「パンダはだれのもの?」という質問の答えは、きっとだれのものでもなくて、みんなで守りたい「地球のもの」ということなのだろう。


野生のコウノトリはおもに農薬のせいで絶滅したが、1988年、動物園の飼育下で繁殖に成功した。この繁殖ペアづくりも、著者の仕事だった。
「稀少な鳥の繁殖に動物園が取り組んでいるのは、飼育する鳥を動物園の中だけで殖やしたいということだけではなく、滅びゆく鳥を、もう一度日本の空に羽ばたかせたいという夢があるからです」との著者の言葉が心に残った。


著者が飼育係になったころ、動物園の役割は「教育」「研究」「レクリェーション」「自然保護」の四つ、と習ったそうだ。いま、その四つの役割は、「種の保存」「環境教育」という分野に発展しているという。
この本には、そうした取り組みが、まだまだたくさん書かれていて、興味が尽きない。
だけど、それ以上に、心に残った言葉は、「はじめに」のなかにある。
「動物園に第5の役割があるならば、人の心を癒し笑顔にすることではないかと思います」
ある年の9月1日、「逃げ場がないなら動物園に」という上野動物園のツイートが流れたとき、共感をしめす「いいね」が9万5千件もついたそうだ。
また、著者は、東日本大震災の翌日、帰宅難民になった背広姿の人たちのことを思い出している。「動物たちを見て、何かほっとしているように見えたのです」