『フランクフルトへの乗客』 アガサ・クリスティー

 

外交官サー・スタフォード・ナイの乗った旅客機は、悪天候のため、急遽フランクフルトの空港に着陸した。ロンドンへの便を待つ空港待合室で、彼は一人の女性に声を掛けられる。あなたのマントとパスポートを貸してほしいと。そうすれば、あなたは私の命を救うことになるかもしれないと。……この奇妙な申し出を彼は受ける。おもしろかったから。
これは始まりだった。


第二次大戦が終わって四半世紀が過ぎている。ヒトラーナチスを信奉する若者たちが世界を変えようと、世界中あちこちで暴動を起こす。情熱的な(でも中身のない)言葉が、人びとを洗脳していく。麻薬、武器に、どこからか、巨大な財がつぎ込まれる。
彼らの計画を阻止すべく動き出す、イギリスの(ヨーロッパ各国の)政府機関の要人たちとスパイたち。


主人公もヒロインも、相当の身分(貴族)、財産、社会的地位を持った人間である。
働かなくても食べていける身の上で、地道な生き方より、人生に面白いことを求めていた。
主人公と行動を共にする女メアリ・アンは、政府側の人間なのか、敵側の人間なのか(どちらにも人望がある)それとも別の目的を持っているのか、最後までわからなくて、読みながらどこまで信じてついていっていいのか、と不安になってしまった。
おまけに主人公のスタフォードは、彼女が何ものであれ、ついていこうと決めている様子で、たとえ、彼らの努力の結果が「もっと思いやりのある世界になる」と信じられたとしても、読者としては、はなはだ心もとない気持ちだ。
さらに、政府が、この件で、一発逆転を狙う、その計画については、それが本当によいものなのだとはどうしても思えなくて、読めば読むほどに困惑してしまう。


敵味方、どちらも相当いかれているのではないか。大きな流れを何かの力で無理やりに捻じ曲げようとするのは、どんな理屈をつけてもやはり無理があるような気がする。
この物語は壮大な茶番。でも、現実もそうなのかもしれない。とんでもない茶番劇のために人があっちにころがされ、こっちにころがされ、命を落とす。
陽気でかっこいい老婦人の存在が一番心に残っている。