『失われたものたちの本』 ジョン・コナリー

 

ドイツの空爆にさらされる戦時下のイギリス。
12歳のデイヴィッドは最愛の母を病気で喪ったが、いくらもしないうちに父は、新しい母に彼を引き合わせる。まもなくデイヴィッドの弟が生まれる。
デイヴィッドは受け入れることが出来ず、新しい家族を拒絶する。
彼が、危険に満ちた不思議な世界に引きずり込まれたのはそんなときだった。


中世のヨーロッパの森のような世界、暗く禍々しい世界だ。
善意の人たちの友情に助けられながら、王の居城に向かって、デイヴィッドは長い旅をする。元の世界に帰る方法を知るために。
追いかけてくる半人半獣の不気味な怪物たち、途上で出会う魔女や化け物たち。知恵で危険な敵を出し抜くヒントは、本好きなデイヴィッドの、これまでの読書遍歴の中にある。謎かけ、謎解きのおもしろさに引き込まれる。変容した知恵比べの元ネタはどんなものだったかな。


この世界で出会う最も不気味なのはねじくれ男と呼ばれる小男で、それは、ディヴィッドをこの世界に招き入れた張本人であり、以後、陰になり表になり、ディヴィッドの様子をうかがいながらついてくる。彼は何ものなのか、敵なのか味方なのか。目的は何か。読者にとっては、この世界の陰の案内者でもあり、ずっと気になる存在だった。


デイヴィッドが迷い込んだ不思議な世界は、私たちがよく知っているおとぎ話の変形が重なって出来上がっている。
ルンペルシュティルツヒェン、赤ずきん、白雪姫、眠り姫、三匹の熊……お馴染みのお話は、この世界では、醜悪で残酷な怪物に姿を変えていて、ディヴィッドに迫ってくる。


お話の不気味な変形は、ディヴィッドのネガティヴな心のありようが結実したものなのだろう。
この物語自体も、新しいおとぎ話のようで、隠された意味があるように感じる。
母の死は、デイヴィッドの12歳という年齢を思えば、思春期の象徴的な「親殺し」とも考えられる。そうしてみれば、その後の母(二人目、ということになっているが)や弟への拒絶や、孤独感もまた、思春期の子どもの心のありようと納得する。
旅の目的も。
自分が大人になるまでにどんな道を通ってきたかなどということは、都合よく忘れてしまったけれど、ディヴィッドの旅を追いかけながら、何度も息を呑み、ハラハラし、大人になるというのは容易なことじゃないと、つくづく思う。それに手を貸す大人にとっても、死なされるしかない親にとっても。