『フロイトの弟子と旅する長椅子』 ダイ・シージエ

 

莫(モー)は、フランスで十一年に渡ってフロイト派の精神分析を学び、中国に帰ってからは、夢判断を主にする精神分析医として自転車で各地を回る。そうしながら、実は「処女」を探している。
莫の愛する女性は政治的な理由で投獄されている。彼女を解放するために、裁判所の大物ディー判事は、賄賂として「処女」を連れてこいと要求したのだ。


物語から立ち上る中国の町々は、どこもまるで不思議の国のようだ。印象としては、夜、間接照明だけが照らす迷路のようだ。
不思議な迷路の町から町を、莫といっしょにオンボロ自転車で旅していく。人の「夢」を追いながら。


不思議な国には、不思議な人が沢山出てくる。
突出しているのは、胸が悪くなるほどの怪物ディー判事。
サッチャー夫人の異名を持つ、拝金主義の女中市場の管理人。
婚前の悲劇を引きずり続ける死体防腐処理人。
手作りジャムみたいな湿布薬で複雑骨折を治療する薬草師(パンダの糞の観測人)
刑務所の鉄格子の間を「飛行靴下」を行き来させる囚人たち。
もっとも印象に残っているのは、刑務所から毎日娑婆へ通って二つのレストランを経営し、運転手付きの高級車を乗り回す、終身刑の男(夜はちゃんと刑務所に帰って眠る)
階層下層部へいけばいくほど、元気になっているように見える。


莫の前に現れる「処女」たちの逞しさ、したたかさよ。いずれも貧しい娘たちばかりだけれど、まるで敵をあざ笑うかのような鮮やかな逃亡の仕方に舌を巻く。いいぞいいぞ。
……だけど、彼女たちは、(彼女たちを求める)怪物ディー判事に、直接一泡吹かせるわけではない。痛い目に合うのは、かの精神分析医である。ほとんど、とばっちり。
思えば、精神分析医・莫こそもっともたちが悪いじゃないか。愛する人を救出したいという思いは純情で一途と思う(彼女のほうが莫をどう思っているかは書かれていない。彼によって、こんなやり方で解放されることを望んでいるのかどうかも)
が、怪物にこんな不快な賄賂を差し出すために奔走する彼は、小狡い小心者のエゴイストでもある。
ディー判事の極端に醜悪な描写は、莫自身の一部であるかもしれない。
そして、繰り返し出てくる処女、処女、処女という言葉が、不気味な迷路の、人を惑わすインチキな道しるべにも思えてくる。


最後の最後……懲りないねえ、と感心する。