『もの言えぬ証人』 アガサ・クリスティー

 

資産家の老婦人が亡くなる。
持病が悪化しての病死、と診断されたが、実は殺害されたのだ、ということを証明したのはポアロだ。


まず、ポアロは死人から漠然とした命の危機を訴える手紙を受け取る。それは被害者が亡くなるしばらく前に書かれたものであるが、ポアロが入手したのは亡くなってから二カ月後のことなのだ。この時間差はどういうことだろう。


犯人の疑いがあるのは、五人。名前や関係が覚えられないほどの、どっさりの登場人物に悩まされるのが、こういうミステリの常、と思っていたので、少なくてびっくりした。
しかもこの五人ときたら。
殺しの動機が大ありなのが、まず故人の親族四人。莫大な財産を相続することになっていたのだが、亡くなる直前に書き替えられた遺言により、四人揃って一銭も手に入れることはできなかった。
ほぼ全額を相続したのが、驚いたことに、縁のない残りの一人……。


ポアロは聞き込みを開始するが、遠くのほうから徐々に責めていく感じだ。故人と交流のあった人々に出会うが、個性的な人が多く、楽しかった。
賢くてさばさばとした皮肉屋の婦人や、きつい言葉で病人を元気づける医師など、元気な老人たちが好きだった。


そもそもの始まりは、亡くなる数週間前のこと、愛犬が置き去りにしたボールのせいで、かの老婦人が危うく死にかけたことである。
ポアロは手始めに、犬の濡れ衣を晴らす。
タイトルの『もの言えぬ証人』って、この犬のことだ。
自分があらぬ責めを負わされていることも知らず、物語のあちこちで意気揚々と吠え、駆けまわるテリア犬のボブが、なんともかわいい。