『ひらいたトランプ』 アガサ・クリスティー

 

シャイタナ氏は奇妙な人物だった。
「真に巧妙な殺人は芸術でありうるし、その殺人犯人は芸術家でありうる」という持論のもと、法の目をくぐりぬけた(法では裁けない類の)殺人を犯した人たちを巧に嗅ぎだして、時々会うことを「芸術品」を鑑賞するように楽しんでいる。


あるシャイタナの晩餐会に招かれた客は八人。
まず四人。私立探偵ポアロ、バトル警視、諜報局員レイス大佐に探偵小説家オリヴァ夫人という、他の作品でもお馴染みの、探偵の役割を果たす人たち。
あとの四人は、一見すると良き市民。医師、探検家、ブリッジ好きの老婦人、それから若い娘。だけど、彼らは、過去に、殺人事件を起こしているらしい。


事件が起こるのは食後にブリッジをしている時。
隣り合った部屋に二つのテーブルが用意され、一方には探偵役(?)四人が、もう一方にはほかの四人が座った。
招待主シャイタナは、ゲームには加わらなかったが、彼らの近くにいた。
そして、ゲームの最中にシャイタナが殺される。
状況より、探偵グループ以外の四人の誰かが犯人、ということになる。


巻末の解説(新保博久)のなかに、ブリッジのルールが簡単に解説されていて、ゲームを知らない私は嬉しかった。
これだけ知ってもゲームはできそうにないけれど、物語を楽しむ助けにはおおいになった。
事件の背景にあったブリッジの試合の運びを、ポアロはとても気にしていたのだ。


事件を解決するためには、四人が過去に起こしたらしい殺人事件を知る必要がある。
バトル警視を中心にして、四人の名(?)探偵たちがそれぞれの個性を発揮して、四人の容疑者とどうかかわっていくかが楽しみだ。
過去と今(それからもしかしたらその先にも)の合計いくつの死がテーブルに乗せられることか。その間に四人の「善人」がどこでしっぽを出すか、見守る。


犯罪に対するポアロの決然とした言葉が印象的だ。
「私は、いかなる場合も殺人を認めません」
この考えは戦争にも及ぶ。
「戦争では人間は相手を殺すことに正当な理由をつけられます。このように、人間が他人の生死を左右できるという考えに、一度でも取りつかれたものは、もっとも危険な殺人犯人になりかかっているのです」
軍人が沢山出てくるクリスティーの小説で、戦争での殺人についてこんなふうに書いているのを読んで、ほおっと思った。


魅力的な四人の探偵の共演はなんとも豪華だった。
最後の解決編が「ひらいたトランプ」というのも粋だった。