『検察側の証人』 アガサ・クリスティー

 

三幕ものの戯曲である。舞台は、弁護士事務所と法廷。ほとんどが法廷で、証人をはさんで、検察官と弁護士のやりとで進んでいく。


独り身の老婦人が殺され、容疑者として、ある青年が逮捕される。動機や状況証拠をどこからどうみても、この青年が犯人であることは間違いなさそうなのだ。それなのに、青年は半泣きになって無罪を主張する。
容赦のない敏腕検事の追求をかわして、弁護士が青年の無罪を勝ち取れるなら、この戦い、弁護士の勝ちなのだ。
次々にあらわれる検察側の証人による、容疑者の青年に不利な証言の穴を、有能な弁護士は地道に見出していく。
しかし、とうとう、青年の妻が、こともあろうに検察側の証人として出廷した時、弁護士はぎくっとする。
なぜなら、彼女は青年のアリバイを証言できる弁護側の唯一の証人であるべきなのだ。それなのに、今、彼女は検察側の証人として、青年の犯行を裏付ける証言を始めたのだ。
さて裁判の行方は……


逆転を繰り返す法廷劇で目を離せない。
すました顔(?)で舞台の証人席に立つ人びとは、最初は仮面をかぶっているようにも思える。検事に、弁護士に、糾されるたびに、次々に新しい表情が現れ、仮面が溶けていくようだ。人らしくなっていく、というか。予想していた素顔、していなかった素顔。そもそも素顔といえるだろうか、まだまだ奥があるのではないか。
これで決定的だな、と観念しかけても……さて、転がされに転がされて、この結末をどう受け止めようか。