『ヘラクレスの冒険』 アガサ・クリスティー

 

引退を考えるエルキュール(=ヘラクレス)・ポアロは、引退までに自分の名前にちなんで、ギリシャ神話のヘラクレスの12の難行を参考にした、12の依頼を受けてやろう、と決意する。
ヘラクレスの12の難行とは、
「ネメアのライオン」
「レルネーのヒドラ
アルカディアの鹿」
「エルマントスのイノシシ」
「アウゲイアス王の大牛舎」
「スチュムパロスの鳥」
クレタ島の雄牛」
「ディオメーデスの馬」
「ヒッポリュテの帯」
「グリュオンの牛たち」
「ヘスベリスたちのリンゴ」
ケルベロスの捕獲」
のことで、12の章(12の事件)からなる、ちょっとおもしろい趣向の連作短編集だ。
事件は犬の誘拐事件から始まり、失くし物さがしや人探しといった、軽め(に聞こえるけれど、実は……)のものから、ずしっとした殺人事件までで、舞台はイギリス、フランス、スイス……とヨーロッパじゅうを駆けまわる、ほんとうに多彩な12編だ。
ミステリそのものよりも、わたしは、もう一つのお楽しみとしての、ヘラクレスの難行が、事件とどんな関わりをもっているのかを確認するほうが楽しかった。どの章もみんなちがっていて。
ヘラクレスの難行。おぼろに覚えのあるものも、とんと忘れている(のか、もともと知らないのか)ものもあり、一章ごとに、その章のタイトルになった件名を検索して、大方の内容を確認してから読んだ。(そんなことをしなくても、物語のなかで、必要なだけの簡単な紹介はあるのだけれど)
たとえば、ネメアのライオンが、かわいらしいペキニーズのワンちゃんだったり、エルマントスのイノシシが、現在生きているもっとも危険な殺人犯だったり。ヘラクレスと事件の関係がわかるたびに、一つ謎が解けたような気分。


12の事件を読み終えてみれば、ほんとうにこれで引退?と首をかしげてしまう。寂しい……というより、なんだか、始まりより、ポアロ、一段と若くなったような気がするのだ。
秘書のミス・レモンが言っていますよ。
「まあおどろいた(中略)ひょっとして……。でも――あの年で! まさか……」