『額の中の街』 岩瀬成子

 

米軍基地がある。そこは独特の空気を持った街。
時は、1984年。
アメリカ人の父と弟のいるアメリカを去り、八年前に、母と一緒に、この町に帰ってきた尚子(アメリカ国籍)を中心に、基地に翻弄されて暮らす女たち(尚子の母やヨシコたち)や、片親がアメリカ人の少女たち(この町では少なくないのだそうだ)や、アメリカの若いヘイタイたちの姿が、浮かび上がってくる。
どれもこれも容易な人生ではない。そして、ここに縛り付けられて、もがきながら、ますます自分を追い詰めていくような生き方しかできない人たちだった。


町や、そこに住む人たちひとりひとりの上にある、米軍基地の威圧的な影が、この物語の隠れた主人公のようにも感じる。
大きな声で何かを主張しているわけではないので、よけい不気味に覆いかぶさってくるその影。
どんよりとした閉塞感が漂う背景を、物語の文章が、鋭い刃物のように切り裂きながら進んでいく印象だ。


軍関係のバーで働く母と、そのボーイフレンド(顔ぶれは変わっていく)と暮らす尚子は、あまり感情を表に出さない。どこにも深入りしないように見える。
だけど、あちこちに散りばめられたサインに、気がつくべきだった。
読み終えた今だから思う。あのときもこの時も、米軍基地の威圧感と、尚子自身の姿とが重なる。
どこまでも尚子の目線で読んできた物語が、もしかしたら、別の目から見たらまた違う景色に見えることにも気がつかなかった。もっとはやく気がつくべきだった。


尚子。
あなたがいるのは、あまりに暗い場所だった。あまりにひとりぼっちだった。でも、読んでいても、ずっとそんなふうには見えなかった。(だってそこはとても静かでもあったから)
ここで、何処にも発信しようもないSOSを封じ込める場所を、自分だけの特殊な方法で育てていたのかもしれない。