『つむじ風食堂と僕』 吉田篤弘

 

『つむじ風食堂』三部作の番外編、スピンオフともいえる作品とのこと。
六年生になるリツくんは、隣町の月舟町の食堂(人呼んで「つむじ風食堂」)に、週に二回くらいの頻度で、ごはんをたべにいく。
リツくんは、『それからはスープのこどばかり考えて暮した』に登場するサンドイッチ屋さん「トロワ」の息子だ。
路面電車でひと駅の月舟町への旅は、まるでひと駅ぶん、「むかし」に戻っていくような気がする。
子どもがひとりで食堂にやってくると、周りの人たちにいろいろ聞かれるから、その前にリツくんのほうから訊いてしまう。「仕事はなんですか」って。
そのようにして、食堂であった沢山のお客さんたちに、それぞれの仕事のこと、なぜその仕事に就くことになったか、今はどのような気もちで働いているのか、話してもらう。
リツくんに話してくれる人たちは、大体、月舟町の商店街の人たちだ。順繰りに話を聞いていると、それぞれの物語が花のように思えてくる。
みんなの話が花束みたいに、月舟町商店街が、花畑のように思えてくる。


「一度しかない人生を絶対楽しく生きたい」とリツ君は思っている。
「楽しく生きる」って目標は大切なことじゃないだろうか。(大切だし、奥が深いのだよね。)
そういう子どもにとって、ここでの話は、どんなふうに聞こえただろう。
この物語は、「子供たちにひとつだけなにかを伝える」というテーマに沿って書かれたのだった。作者が子どもたち手渡してくれた「ひとつだけ」が、ここにある。


つむじ風食堂は、十字路の角にある名前がない食堂だ。
「十字のかたちに交わった道の、東からも、西からも、南からも、北からも風が吹いてきて、道の真ん中で小さな渦を巻いて、つむじ風になる。」
それで、人はつむじ風食堂と呼ぶ。
いつでも、つむじ風食堂は、出会いの場所だった。
リツ君は、物語の主人公が大事なことを考えなければならない時にはどこか遠く(一番近くても押し入れの中とか)に出かけて行って考えることを、思いだす。
リツ君にとっての「遠く」は、つむじ風食堂なのだ。


路面電車に乗って食堂にでかけていくことは、ひと駅分、むかしに戻ること。そのむかしの中心につむじ風食堂がある。ここから、リツくんは将来へ向かう。
ひと駅分ではなくて、もっともっと乗っていくのだろう。楽しく生きるための仕事、きっとみつかるね。