『青列車の秘密』 アガサ・クリスティー

 

北フランスのカレーから南フランスに向かって走る長距離豪華列車ブルートレインの中で強盗殺人事件が起こる。
富豪の一人娘ルース・ケタリングが殺され、携えていたルビー(「火の心臓」と呼ばれる世界最大級の逸品)が消えていた。


幾つもの駅を通過する列車。
長距離列車で、座席はコンパートメント(個室)タイプ。事件が起こったのも個室で、目撃者もいない。
列車内の事件ということで『オリエント急行の殺人』を思い出すけれど、あの事件では大吹雪に閉じ込められて列車が完全に止まっていたのだった。でも、この『青列車』は、動いている、走っているのだ。
事件をのせて、死体をのせて、列車は走る。だが、その列車に犯人が乗っているかどうかはわかならない。駅ごとに、乗り降りは自由だから。
このとりとめのなさ。走る列車はまるで生き物だ。


被害者ルースの夫は、妻の金が欲しかった。妻は、夫の持っている貴族としての地位が欲しかった。そういう結婚だった。二人、望むものを手に入れたが、同時にさまざまな悲喜劇も手に入れた。
また、たまたまこの列車に乗り合わせたキャサリンは、長いこと孤独な老人のコンパニオンとして堅実に働き、雇い主から莫大な遺産をそっくり贈られた。その瞬間から、彼女の周囲の目が変わった。
大きな金、価値ある宝石。そのまわりをちょこちょこ飛び回る人間たちの喜劇が心に残っている。
どんどん人の印象が変わってくるのもおもしろい。
つまらなそうな人だと最初は思ったあの人がだんだん好きになってきたり、最低な奴だな、と思っていたあの人が、思っていたのとちょっと違うかな、と思えてきたり……。
それから、まさかそっちのほうで、ちょろりといい思いをするなんてね、とその手腕に呆れたり……。


さて、事件の犯人は誰だったのか。
動機が明らかで、どう見ても怪しいのは二人だけれど……では、二人のどちらかが犯人なのか? いいや、二人に限定するのは早い?
乗客たちのなかには、名探偵ポアロも乗り合わせていた。
「わたしはエルキュール・ポアロといって探偵としてはおそらく世界一でしょう」と胸を張る彼に、関係者は辟易とするが、彼は言うだけのことをしたのだ。