『冬牧場』  李娟(リー・ジュエン)

 

冬牧場

冬牧場

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真冬に、極々寒の北から、極寒の南の荒野・冬牧場へ、羊、駱駝、馬、牛を連れて移動するカザフ族遊牧民、ジ―マの家族と著者は、一冬、生活をともにする。彼らの冬の生活を記録するためだ。
新疆ウイグル自治区アルタイ山脈の麓である。
冬牧場は、比較的雪が少なくて、家畜たちは、雪の下の草を食べることができた。
とはいっても、最も寒いときには、気温マイナス50度になる「温暖な」牧場である。
「羊を放牧して帰って来る途中も瞳さえ凍ってしまいそうなほど痛くて、目を開けて歩くことすらできなかった。鼻毛も全部凍りつき(湿っているから)息をするにも鼻孔が少し痛んだ」


住まいは地窩子という、地面に穴を掘ってこしらえた家で、壁は砂と羊の糞を固めて作る。
ここでは家畜の糞も大切な資源なのだ。
水は、雪を集めて溶かして使う。
一日の仕事は多く、著者も下宿人・お客さんではいられない。大切な労働力となり、家族とともに一日中働く。


生と死の間がここまで狭く感じる極寒の荒野での暮らしから、浮かび上がってくるものは、なんだっただろう。
夫婦、親子が互いに気遣いあう、いくつものさりげない場面が心に残る。
家族の会話に挟まる、ユーモア(?)の辛辣で寒い言葉には、何度も暖められてしまった。
ごくまれに訪れる客人への、もの惜しみしない食事や盛んな会話によるもてなしにも。


隣家が遠く、人けのない荒野に住むためか、家族それぞれ長所も短所もあけっぴろげだった。喜怒哀楽をおおらかに表現し、陰湿さを感じなかった。
カザフ語を解さない著者と、中国語を解さない家族(片言の中国語を話せるのはジーマだけ)とが、家業や家事を協力しあってこなし、食事を囲んで笑いあうことは、美しい不思議だった。


問題はさまざまある。
遊牧民は、子どもの頃はゆっくり成長し、大人になるや急速に衰えていく。過酷な環境・労働によるのか。慢性的な野菜不足による健康被害もある。
遊民寄宿学校の子どもたちは、家庭の伝統的な生活、民族的な雰囲気から切り離されてしまう。


定住生活が望みか、といったら……。
「定住がいいに決まってるよ。ただカザフ族は終わっちゃうね」
心に残る言葉と思ったけれど、それは、外の世界に暮らす人間の無責任なロマンチシズムかも。


この本には、人が写った写真が一枚もない。その後、居所もわからず、連絡を取ることも叶わなくなった一家から、掲載の承諾を得ることができないからだ。
「冬牧場」から遠く隔たった今、彼らとの生活はひときわ懐かしく、より確かなものに思えてくる。