『(新版)雪に生きる』猪谷六合雄

9784910029009

 

スキー界の先駆者、猪谷六合雄の自伝『雪に生きる』を初めて読んだのはずっと前。岩波少年文庫の一冊だった。
今、カノアから出版された『新版 雪に生きる』を手に取って、こんなに厚い本、こんなに読み応えのある本だったんだ、と驚いている。(少年文庫のほうは、内容、かなり整理して、端折ってあったのかもしれない。)


赤城に生まれ、樺太に、乗鞍にと、生活の拠を移しながらの、スキー三昧の人生を送った著者。
レルヒ中佐が日本で初めてスキーをしてから間もない1920年に、栗の木の板を削って見様見真似でスキーらしいものを作ったところから、著者はスキーにのめり込んでいく。
著者のスキーは、夏に藪はらいをしてゲレンデをつくったり、ジャンプ用のシャンツェを手作りしたりから始まる。
移住地では、家族が暮らす山小屋を、ほとんど一人で建てた。
生活のための便利な道具を考案し手作りした。スキー用の靴下は自分で編んだ。
家も道具も衣類も、より快適なものへと、創意工夫し、試行錯誤を重ねた。


著者は、自らの暮らしを「ごっこ遊び」のようだ、と言ったが、読んでいると、一生を楽しみ倒した幸せな人生と感じる。思いがけない事故や、どんなに嘆いても嘆き足りない喪失を経験したりもしたけれど、それでも……。
それは、いつも傍らにいて、共に働き、共に滑った、同志のような妻の存在もとっても大きいと思うのだけれど。
「あとからあとからと、いくらでもやることがありすぎて、いつもおわれ通している。しかもそれが、やってみたいことばかりの連続で、いやいややる仕事というものは、絶対にないとはいえないかもしれないが、ちょっと思い出せないくらいだ」
遊んで遊んで遊び倒した人生、と(敬意をこめて)言いたいと思う。


若い日の旅の話など、無謀さにハラハラして、まるでベルヌなどの冒険小説の一節みたいだった。
樺太で、赤城で、乗鞍で、本筋から脱線するように語られる、いくつもの生活のエピソードは、民話のようだった。


息子の千春さんの「跋文の代わりに」には、父・六合雄さんのことを、友人たちが「現代のレオナルド・ダ・ヴィンチだ」と言ったり、「猪谷家は遊牧民だね」と言ったりしたことが書かれているけれど、ほんとにそのとおりだ、と思う。
常に何かを発見したり考え出したりして、工夫して、実現に向けて努力する人だったのだ。
世間からどう思われるかということよりも、自分(と、家族)にとって意味あることに、思う存分夢中になった。
その結果が、後に名前とともに残るなんて、きっと考えてもみなかったんだろうけれど。
(私はこの冬、猪谷六合雄流の靴下を編む気まんまんだ。)