『水平線のかなたに 真珠湾とヒロシマ』 ロイス・ローリー/ケナード・パーク

 

1941年12月7日(日本時間8日)、日本による真珠湾攻撃で、米軍の戦艦アリゾナ号は数分で沈んでしまい、1177人の兵士が犠牲になった。
1945年8月6日、アメリ爆撃機が広島に原爆を投下し、その年の末までにおよそ14万人の市民が死亡した。
二つの悲惨な犠牲を並列に描き出すことで、どの命も平等に重いものであることが伝わってくる。


作者は、ハワイ沖と広島で亡くなったひとりひとりの名前を呼びながら、その姿をぼんやりとうかびあがらせようとする。どんな暮らしをしていたのか。どんな家族、友だちがいて、どんな夢をもっていたのか。


1937年ホノルル生まれの作者ロイス・ローリーは、1940年ごろ、ワイキキの浜辺で遊んでいた。
幼いロイスの背景には、遠くアリゾナ号が停泊していた。(家族の思い出のホームビデオに写っていたのだ)
1945年、絵本作家のアレン・セイ(日本名コウイチ・セイイ)は、子どもだった。広島近郊の町で、8月6日を迎えた。激しく揺れる地面と、いつもと違う空に気がついた。
二人とも子どものころ、間接的に、真珠湾攻撃と原爆投下に出会っていたのだ。ただ命を落とすことなく生きながらえたから、二人は出会い、友だちになった。
友だちになるという言葉は、光のように、こちらを照らし、温める。
辛い過去の物語が、未来への希望の物語にかわる。


心に残るエピソードがある。
戦後日本に住んでいた頃、少女だったロイスは彼女の金髪を触った日本の人に「キライ」と言われてショックを受ける。でもそれを聞いたお手伝いさんが「それはね、たぶん、きれいといったのでしょう」と教えてくれた。
キライとキレイ。よく似た言葉、まんなかのラ行の一字を入れ替えるだけで、別の意味。その言葉に籠る思いが悪意になったり好意になったりする。言葉は不思議だ。
もしも相手の言葉をしっかり聞こうと努めたら、今見ている景色の色も変わってくるかもしれない。


わたしの目と耳は、きちんと使えるように開いているかな。
いつでも知りたい本当のことが、ごまかされたり、曖昧にされたりすることなく、しっかりと伝えられるように、気をつけているかな。
これから出会うはずの友だちを失わないためにも。