『エミリの小さな包丁』 森沢明夫

 

まずはカバー挿画がいいなあ、と思ったのだ。
流し台の向こうに木枠の窓がある古い台所は、道具が使いやすく整頓されているし、床板も黒々とよく磨かれている風だ。鍋も炊飯器もずいぶん古い型のものだけれど、ちゃんと使いこまれている。つまり、とても居心地のよさそうな台所ではないか。
流し台の前に仲良く並んだ二つの後ろ姿は、八十代のおじいちゃんと二十五歳の孫娘メアリだ。


メアリは都会から、ひなびた漁村に住む祖父のもとへと逃げ出してきた。十五年も音信普通だった孫を、何も聞かずに受け入れてくれた祖父は、無口で温かい。
エミリが祖父の家にいたのは、二か月ほどだけど、彼女は再び都会に戻れるようになったのだ。


無口な祖父の少ない言葉からは、なぞかけのような知恵がぽろりぽろりとこぼれ出る。
神社で手を合わせながら「神様って本当にいると思う?」と聞くエミリに祖父はぽつりと答える。「神様ってのは、自分自身のことだ」
また、「幸せになることより、満足する方が大事だよ」というのもあった。
いろいろな出会いがありいろいろな事件が起こった二か月のうちに、そうした言葉をふくらまし、自分のなかで整理したり混ぜ合わせたりしているうちに、視界が少しずつ開けていくような感じだ。


だけど、何よりも特筆すべきは祖父の魚料理だろう。
まずは、料理前の包丁研ぎから、いや、釣りをすることから、ご近所からのおすそわけから、料理は始まる。
カサゴの味噌汁、カイワレのマコガレイ巻、サワラのマーマレード焼き、黒鯛の胡麻だれ茶漬け……その丁寧なレシピや手順が、本当においしそうで、読んでいると真似したくなる、食べたくなる。新鮮な食材に火が通っていくときのいい匂いが本のなかからしてくるようだ。
それを、エミリたちは本当に本当においしそうに食べる。食べておかわりをする。
きちんと調理したものをいただきますからごちそうさままできちんと味わう心地良さ。
何がすごいって、素材の調達に始まり、丁寧に料理すること、おいしく食べきるまでの一連が、もしかしたらいちばん「効く」のではないか、と思えること。
その工程次第で、一つの食材がどのような料理にも仕上がるものなら、いったいどんなふうに仕上げたいだろうか、どんな風に味わおうか……


すうっと気持ちの良い風が吹き抜ける。
凛と風鈴が鳴る。場面場面涼やかに鳴るのは祖父が作った風鈴だった。