『長いお別れ』 レイモンド・チャンドラー

 

私立探偵・フィリップ・マーロウは、ある男と知り合った。いいところが沢山ある反面、どこか間違っているところもあった。やっていることはちゃらんぽらんでその日暮らしに見えるのに、不思議な誠実さや信念をもっているように思えた。
妻を殺したと告白して自殺した彼の言葉を、いろいろな事情に鑑みて、マーロウは信じることができなかった。
この件から手を引け、とさまざまな方面の権力者から圧力をかけられたけれど。(いや、かけられたから余計に)
そうこうするうちに、新たな依頼があり、ある人気作家とその妻と知り合う……


マーロウは、タフで、礼儀知らずで、皮肉屋だ。普通ならお付き合いは御免だ、と思わせられるような言動、態度が、この男には、さまになってしまう。かっこいいのである。
それにしても、マーロウの探偵ぶりには困惑してしまった。
この物語には、「死」が四つ登場するのだけれど、その場に居合わせた一件以外、マーロウは、死体を見ていないどころか、現場にさえ足を運ばない。見ようとも思わないようだ。決して安楽椅子の探偵ではないのだ。彼はとても行動的である。
数少ないとはいえ今まで読んだミステリに、こんなのなかったのではないだろうか。こちらは戸惑うけれど、探偵には、ほかにもっと重要なことがあったのだね。
そして、もっといえば、この物語は犯人がわかったら解決、というのでもなかった。


「……フランス人はどんなことにもうまい言葉を持っていて、その言葉はいつも正しかった。
 さよならをいうのはわずかのあいだ死ぬことだ」
では、長いお別れ(さよなら)は、いったいどういうものなのだろう。これは、短いさよならと長いさよならについての物語といってもいいかもしれない。
さよならに、死が関係するかどうかは、もしかしたらそれほど重要なことではないのかもしれない。そして、そんなふうに思ってしまうような「さよなら」が、読み終えたあともなお、胸に居座る。ちょっと忘れられない読後感だ。