『おやどのこてんぐ』 朽木祥/ささめやゆき

 

「こてんぐの
 かおと すがたは からす。
 てには やつでのはっぱ
 あしには わらじ
 あたまと おなかには
 あかい ときんと、はらかけを つけて
 かわべりに たっておったのだ」
これは、さびしい山の上の小さなお宿の座敷の襖に描かれた絵なのだ。
絵のこてんぐは、夜な夜な襖から飛び出して(!)何やらやらかしているのである。
おやどの主人が、夜中に見張っていたら、そういうことだったのだ。
きっかけは、はちみつが大好物のこてんぐが、お宿の主人があつめたはちみつに目をつけたこと。
さて、お宿の主人は知恵をしぼります。


まるで、民話をきいているよう。素朴で、ちょっととぼけたようなお話が、なんとも心地よい。
ささめやゆきさんの絵が、お話の雰囲気にぴったり。
こてんぐは、可愛らしい、やんちゃな烏の坊やなのだ。一人前に、頭に赤い「ときん」をかぶっているのが、なおさら可愛い。
大きな藁ぶき屋根の小さなお宿も、つつましく、何かささやかな不思議を抱いているようだ。


それにしても、いたずらこてんぐのかわいらしさったらどうだろう。
人の隙を狙って、こっそり(?)のあれこれは、みつからないように、というよりも、むしろ、主人の気をひいて、みつかることを楽しんでいるようだ。
仕掛けられたほうは困ってしまうけれど、憎めない。姿はこがらすだけど……あちらにもこちらにも、似た子がいるような気がする。


この本は、月刊絵本『こどものとも』の一冊で、付録に「絵本のたのしみ」という小さな冊子が挟み込まれている。「作者のことば」として、『いたずらこてんぐ』というエッセイが載っている。(ハードカバーにはついていないので、お得感があります)
この作者のことばによれば、鎌倉建長寺の半僧坊には、威風堂々とした大天狗、天狗の従者の烏天狗や、小さな天狗たちがいるそうだ。ことに小さな天狗たちに心惹かれたところから、この作品が生まれたのだ。


建長寺の小さな天狗たちから離れて、たった一人で、おやどの襖の中にいたこてんぐは、ほんとは、さびしかったのではないか。強がりのさびしんぼうだったのではないか。
いたずらするたび、しゅじんがなにかしら答えてくれる(?)のが、うれしかったのかもしれない。
いまはどうしているのかな。いつか、このこてんぐも大天狗になるのかな。


いつか、建長寺のこてんぐに会いに行きたいものだ、と思う。(ここで、夜、なにか起こってやしないかな、と想像しながら)