『ゼロ時間へ』 アガサ・クリスティー

 

ゼロ時間とは何だろう。
「わたしはよくできた推理小説を読むのが好きでね」と、プロローグであるひとが言った。
「ただ、どれもこれも出発点がまちがっている!必ず殺人が起きたところから始まる。しかし、殺人は結果なのだ。物語はそのはるか以前から始まっている」
「すべてがある点に向かって集約していく……そして、その時にいたる――クライマックスだ!ゼロ時間だ」


ある屋敷に関係者が集まる。
ほぼ寝たきりの女主人を中心に、毎夏集う(血縁ではない)家族たち。だけど、この夏は、緊張感が漲っている。ある男の最初の妻と二番目の妻が顔を合わせたせいだ。


それぞれの経歴や関係が丁寧に描きだされ、いろいろな感情が凝って独特の空気が醸しだされていく。
そして、殺人事件が起こる。ここが、かのゼロ時間だ!と思うが、「探偵」が「今がそのゼロ時間です!」と言ったときは、もっとずっとあとだった。
この物語のなかには、いろいろなゼロ時間があるのではないかな。不愉快なのも痛快なのも。


事件は屋敷(家庭)のなかで起る。犯人は身内のなかにいる。これほど怖いことはない。信頼の基礎的な部分がぐらっと揺れる感じ。
「蛇が小鳥をにらみつけて、飛び立てなくしてしまう」という言葉とセットで、ぞっとする。


伏線を読み逃すまい、と思いながら読んでいたはずだけれど、終わってみれば、(あれはもうあそこで終わったと思っていた)まさかのあのことが、ここに蒸し返され、繋がっているとは、と幾つも驚かされる。
これでおしまいかな、と思っていると、最後の最後まで。
誰が犯人で誰が探偵だったのか。
そして、最後の一行が、新たなゼロ時間に向かう始まり、かな。