『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』 ポール・オースター(文) タダジュン(絵)

 

「どんなによくできた作品でも、クリスマス・ストーリーとはしょせん、願望充足の絵空事、おとぎ話にすぎない。そんな話を自分が書くなんて、冗談じゃない」
と語り手で作家の「私」は言うのだ。
そういう断りがあるから、そのあとに続くクリスマス・ストーリーがどんなに心に沁み入って来ても、まだその先に何かある……。そこのところが、きっとこの物語の肝なんだろう、と構えてしまう。
でもさ、おとぎ話ではどうしていけないの。気持ちよくおとぎ話に浸らせたくないとは、何たるつむじ曲がり。
そう思いながら読んでいたけれど……


いわゆる「おとぎ話」の語り手は、芸術家気取りのオーギー・レンという男で、「私」は、オーギーの語った物語をきいている。
オーギーがこの物語を語り出す前日譚として、彼は「私」に、自分の作品だ、といって、何冊ものアルバムをみせる。毎日、同じ通りの同じ場所を、同じ時刻に撮影した写真は、二千枚もあった。
それを、ゆっくり見ていると、だんだん最初に気がつかなかったものがみえてくる。そして、オーギーのこの作品が本当はどういうものであるか、わかってきたのだという。
たぶん、物語もそういうことなのかもしれない。
物語はひとつなのに、読んでいるうちに、印象も意味も随分変わってくる。たぶん、こういう場所に読者は案内されるはず、と高を括っていると……。


――まんまと嵌る……。
私は、嵌ったのかもしれない。「嵌る」の、入れ子細工なのだ。
そして……
「誰か一人でも信じる人間がいるかぎり、本当でない物語などありはしないのだ」
という言葉が、たくさんの言葉の羅列のなかから浮き上がって来て、すうっと胸に落ちる。
それなら嵌ってみようじゃないの、素直に。入れ子のいちばん外側で、読者としては気持ちよくつぶやこう。


タダジュンさんの少しシュールな挿絵が、物語の雰囲気にあっている。小さくて嬉しいクリスマスの本です。