- 作者: ハン・ガン,川口恵子,きむふな
- 出版社/メーカー: cuon
- 発売日: 2011/06/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ヨンヘは、めだたない女だった。
その彼女がある日突然に肉を一切食べなくなってしまう。動物性のものを拒否して、極端に痩せていく。
やがて、彼女は、すっかり食を断ち、木になろうとする。
その姿は鬼気迫るようだ。
それを見守る(?)夫、義兄、姉を、それぞれ語り手にした連作三編。
ヨンヘの変貌は衝撃的だが、それを狂気といってしまうことを留まらせる、彼女の静かな怒りに圧倒される。
三編の三人の語り手は、それぞれ彼女を心配しているように見える。でも、近しいだけに、彼らの善意の心配りは、暴力となって、ことごとく彼女を傷つけ苛む。
ヨンヘを通して、語り手自身の獣性を描きだしているようにも思える。
先に、この作家の、光州事件を題材にした『少年が来る』を読んでいるせいもあり、ヨンヘの姿から、『少年が来る』で、銃口の前に静かに並んで立っていた少年たちの姿を思い出していた。
『少年が来る』の語り手たちは、木であった。獣たちの前に立つ木であった。
木々の静かで深い怒りの源が、ヨンヘの中にあるような気がしてならない。
植物であるヨンヘの怒りは、静かだ。
互いを食らいあう獣たちのように相手を攻撃したりしない。
けれども、攻撃しないことが、獣たちをおびえさせる。
植物の意識のなかには「死」がない。そのことが、獣たちを圧倒し恐れさせる。
ヨンヘの疲れた姉が、思い浮かべるイメージがある。
「生きてきた間に見てきた無数の木々、無情な海のように世の中を覆った森の波が、彼女の疲れた体を包みながら燃え上がる」
「彼女にはわからない。いったいその波が何を意味しているのか。その明け方の狭い山道の終わりで彼女が見た、薄明の中でいっせいに青い炎のように立ちあがった木々はまたなにを物語っていたのか。」
「それは決して温かい言葉ではなかった。むしろ冷酷な、恐ろしいほど冷たい生命の言葉だった。どこを見渡しても自分の命を受け入れてくれる木を探しだせなかった。」
これらの言葉の向こうに、『少年が来る』の各章の語り手たちの姿が見える。それぞれが、静かな木となって、血肉をもったものの前で森になる。
太刀打ちできない大きな暴力に対する怒りが、植物になった人のなかで、緑の炎になって燃えている。