『山里に描き暮らす』 渡辺隆次

山里に描き暮らす (大人の本棚)

山里に描き暮らす (大人の本棚)


八ヶ岳南麓にアトリエを構えて三十六年余(2013年当時)。
春夏秋冬の光景や思い、きのこの目利きと木の伐採の名手のこと、小さな集落の移住者たちのこと、「画家」という職業のことや、生い立ちのこと、初恋のこと、
過疎化していく集落と、観光開発とともに変わっていく自然の様相など。
深刻な話も、少し寂しい話も、画家渡辺隆次さんの文章は徒然なるままに・・・それを読むわたしも、気の向くまま行きつ戻りつの読書だった。


渡辺さんの住む集落では、周囲の知った顔、馴染みの人々が次々消えていき、どんどん過疎化し、今はひっそりとしている。
それなのに、すぐ近くに道路などもでき、様変わりしていく風景のなかで、観光の人々だけが増えていくことなど、皮肉な話として印象に残った。


豊かさとは無縁、テレビとも携帯電話とも、インターネットやメールとも無縁の、ほとんど自給自足に近い山の暮らしである。
画家が嘗て、都会を捨ててここへやってきたように、大規模な開発によって消えていった山の草たちも、このアトリエの敷地内を避難所として、自生しているそうだ。
アトリエが四季折々のアジ―ル(避難所)になっている、という言葉に、なんとなくほっとする。
わたしも、渡辺隆次さんの文章に「避難所」を求めていたのかもしれない。この本は渡辺さんのアトリエの佇まいに、きっとよく似ているはずだ。


本を読む時間と、本そのものと、わたしはどちらが余計に好きなのだろうか、と問いたくなるような、そんな一群の本たちがある。
読んでいる間、ほとんど気持ちが昂ったりすることはなく、ただ、その文章を読んでいるその時が至福なのだ、と思える・・・ときどきそういう読書が恋しくなる。
これはそういう本のなかの一冊。