『ふたりの世界3 ロンドンの生活』 ジョアン・リンガード

 

ふたりの世界 3 ロンドンの生活

ふたりの世界 3 ロンドンの生活

 

 

セイディー17歳。ケヴィン18歳。二人はベルファストを離れた。結婚して2カ月。ロンドンの貧しいアパートの一室を新居にして、生活を始めた。
ロンドンはベルファストとずいぶん勝手が違った。人びとはなかなか心開いてはくれない。同じアパートに住む隣人同士でさえ。
二人は、ことにセイディーは、寂しくて仕方がなかった。
愛する人といっしょにいる喜びは大きかったけれど、見知らぬ場所で、知り合いもなく、生活に追われ、ときどきイライラを相手にぶつけた。
信じる宗教の宗派の違い、相手の宗派への偏見が、小さなぶつかり合いに発展する。
なつかしい故郷には、帰りたいと思えば思うほど帰れないことを再確認することになってしまい、ますます寂しさが募る。
ラジオで聞く故郷のニュース(聞かずにいられなかった)は暗く緊迫し、テロやリンチの具体的な場所や人が、自分たちの知っているものであるという現実に、押しつぶされそうになる。
男と女の役割についての不平等感もセイディーには強くある。小さい時から折に触れ感じていたことが、一緒に暮らすようになって、ケヴィンへのいらだちに変わってくる。ケヴィンにはそれが理解できない。
セイディーとケヴィンは互いを嫉妬する。相手が異性と付き合うことが気にいらない。それぞれに手さぐりでこの町に馴染もうとするが、そのやり方は、相手にとっては不快であったりする。
お金の使い方も、時間についての考え方も、生活の価値観も、一緒に暮らせば、違う事ばかり。そうして、争いの種はつきない。


やがて、二人にとっての最大の危機がやってくる。
ベルファストから電報が舞い込み、ケヴィンはセイディーを残して、ベルファストに帰る。
ベルファストの家族たちもしばらく会わないうちにずいぶん変わってきている。
ケヴィンの家族も、セイディーの家族も。変わらないのは二人の結婚を認めない、という空気だけ。
ケヴィンの弟妹は、それぞれに違った方向に深刻な問題を抱えている。病弱で子だくさんの母親はやっと帰ってきた長男を全身で頼る。
一時的な帰郷、一時的な夫婦離れ離れの生活のはずが、思いもよらず長期にわたってしまう。


このまま別れ別れになってしまうしかないのか、という深刻な事態を、ケヴィンとセイディーは、それぞれの場所で、それぞれのやり方で乗り越えていかなければならない。それは、相手の声に耳をすますことができるか、ということでもあるし、譲れることと譲れない事についてよく考えてみることでもあった。


人懐こいセイディーは、ロンドンで着々と友だちを作っていた。
そのうちのひとり、犬と一緒に暮らす老人ドゥリーさんは、ケヴィンの留守を守る寂しいセイディーに、言う。
「まったくなんてひどい時代だか……」「(でも)おなじように、いつの時代だって、いい時代でもあるんです」
この苦しく不安な日々が、二人にとって「いい時代」であった、と、あとになって思えるようになったらいいなあ。

 

ふたりの世界1 ベルファストの発端

ふたりの世界2 バリケードの恋愛

ふたりの世界4 チェシャ―の農園

ふたりの世界5 ウェールズの家族