『ふたりの世界1 ベルファストの発端』 ジョアン・リンガード

 

ふたりの世界 1 ベルファストの発端

ふたりの世界 1 ベルファストの発端

 

 ★

1960年代半ば頃。
北アイルランドベルファストで、カトリック信者とプロテスタント信者は対立している。
プロテスタントがウィリアム王をたてて、カトリック率いるジェイムズ王を破った300年前からずっと。
プロテスタントの人びとは、ウィリアム王の勝利を記念したパレードを毎年七月十二日に行うのだが、同じ町に住むカトリックの人びとにとって、それは非常に不愉快なものだった。


町には、労働者たちの住む「レンガ造りの長屋」と呼ばれる、建物も間取りもそっくりな家が並ぶ。カトリックの人びともプロテスタントの人びとも、道路一本隔てて隣り合いながら、同じような暮らしをしている。
けれども、両者の間には、ほとんど行き来はないのだ。


物語は、7月12日の一週間前から始まる。
カトリック信者の息子ケヴィン・マッコイは、仲間と一緒にプロテスタントの区画に侵入し、ウィリアム王の壁画に落書きをしたところを、プロテスタントの娘セイディー・ジャクソンにみつかって追いかけられる。
そこから、報復合戦が始まるのだ。
起こっていることだけをみれば、子どもらしいいたずらと冒険で、街路を走り回る子どもたちの姿はほほえましいくらい。
けれども、両者の間にあるのは本物の憎しみだ。
我こそは正義、相手は親から洗脳されて育てられたのだ、と譲らない頑なさは、親から子へと、長い間、受け継がれてきたものでもある。
けれども、ケヴィンもセイディも、その兄妹も、内心気がついている。道一本隔てた向こう側にいるのは、自分と同じような暮らしをする人間であることを。
親に対して同じ様な不満、窮屈さを持ち、いつかもっと自由になることを夢見る若者たち。
それなのに・・・


登場人物たちのなんといきいきしていることか。
ことに、少女セイディーの激しさ、魅力的なことといったら。
狭い街を自由自在に飛び回り、大人たちさえも手玉にとって悪びれない。


両者の諍いはエスカレートしていく。
ちゃんと目を開けて、見えていたはずのものを素直に見るために、感じるために、何か大きなきっかけが必要だったのかもしれない。
あまりに理不尽な代償に、ことは「宗教」という名を借りた別モノなのだ、ということを寒々と意識する。
と同時に、今、子どもたちの間に芽生え、育ち始めているもののことを思うと、ふと笑顔になる。明るい気持ちがわきあがる。
ああ、このまま……
で、いることはできないのだろうな。
長い物語が今、始まったところなのだ。

 

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