『ふたりの世界4 チェシャ―の農園』 ジョアン・リンガード

 

ふたりの世界 4 チェシャーの農園

ふたりの世界 4 チェシャーの農園

 

 

ロンドンの住まいを失ったケヴィンとセイディーは、リヴァプールのスラムで暮らしていた。
ケヴィンは、再び、工事現場での臨時雇いになって働いていた。
わたしは、ロンドンでケヴィンがやっと思い通りの仕事を得たこと、目標に向かって頑張っていたことを思い出して、それらがふいになってしまったったことなど、無念でならない。どうしようもなかった、間が悪かった、そういうことあるのだとわかっているけれど、それだけに。それだけにね。
でも、二人の囚われなさは、そういうこちらの気持ちを跳ね返していく。過去を振り返りはしないのだ。


今、二人の間にはブレンダンという赤ちゃんがいる。
ブレンダンを中心にして、まだ二十歳そこそこのケヴィンもセイディーも、父と母の顔になっていた。
挑むより、大切なものを守る。そういう暮らし方を選び始めていた。
気のあう友人に恵まれ、支えてくれる隣人たちもいるこの町で、お金はないけれど、二人はそれなりに幸福そうだ。 


ところが、ケヴィンの弟のジェラルドが、ケヴィン一家と一緒に暮らすために転がり込んできたのだ。
夫婦と乳飲み子の生活だけでいっぱいいっぱいの暮らしなのに。
プロテスタントが大嫌いなジェラルドは、ケヴィンともセイディーとも衝突する。
けれども、彼は目の前で肉親や友があっというまに傷つけられ殺される故郷、北アイルランドの暮らしのなかで、いつのまにかぼろぼろになっていたのだ。
この物語は、傷心のジェラルドが立ち直り、大切にしたいものや、やりたいことを見いだして、新たなステージに向かって元気に踏み出していく物語でもある。
どんどん変わっていくジェラルドの姿は見ていて、楽しい。


ケヴィンは、チェシャ―の農園で仕事をみつける。
リヴァプールの汚れた空気や町の狭さが、子どもを育てるには、相応しくないと考えていた時でもあった。
ジェラルドとケヴィン二人で牛舎で働くことになり、一家は引っ越す。
セイディーも、子犬を買うお金をかせぐために、小さなブレンダンを伴って半日だけお屋敷で働きはじめる。


町から遠く隔てられた田舎の暮らしだったけれど、ケヴィンは、ここの暮らしが気に入っている。
ケヴィンの目で見たままに語られる田舎の光景、ことに、厳しい冬を越えて、春になりつつある農園の風景のなんと美しいことだろう。


セイディーは人が好きだ。人に力を貸し、貸してもらうのが好きで、上手なのだ。
雇い主であるお屋敷のエルズリーさんとの友情(!)が、彼女に開いてくれるあたらしい世界(文学、絵画、そして地図!)にわくわくする。
気難しい義弟ジェラルドさえも、いつのまにかセイディーのペースに巻き込まれて、家族の一員になっているのが、おかしいやら、微笑ましいやら。
自分のペースに相手を巻き込みながら、セイディー自身の気持ちも変わってくるのも、いい感じ。
そして、ついには、
「(ジェラルドは)一緒に暮らしやすい人じゃないし、気むずかしいし、陰気だったからね。だけどやっぱりいい人なんだ。ほんと、いい人だと思う」
と言えるまでになっている。
なんでみんながセイディーを好きになるのか、わかるような気がする。


少しずつ、自分たちの望む生活が、はっきりし始めてきた時でもあった。

ちいさなブレンダン、子犬のタムシンを得て、一家の姿はずいぶん変わってきた。もう彼ら、「ふたり」の世界、じゃない。

 

ふたりの世界1 ベルファストの発端

ふたりの世界2 バリケードの恋愛

ふたりの世界3 ロンドンの生活

ふたりの世界5 ウェールズの家族