『90歳セツの新聞ちぎり絵』 木村セツ

 

(2019年当時)90歳の木村セツさんのちぎり絵の画集。
表紙のおいしそうなハンバーガーも、裏表紙のリアルなブロッコリーも、お正月のお飾りから始まって、春夏秋冬、だるまさんや菜の花、カタツムリや使いこんだ軍手、麦わら帽子も、土瓶も、ハンガーにかけられた吊るし柿も、どれもみんなちぎった新聞で描かれたとは思えないほどの質感。その細かさにびっくりしてしまうけれど、ひとつひとつの作品にこもる温もりは、ちぎり絵ならではの魅力だろうか、それとも製作者である木村セツさんの人柄だろうか。温もりと、それから、そこはかとなく感じるユーモアとが、明るい味わいになっている。計算されたものではないような気がする。


ブロッコリーの房の中にも、エビフライの衣の間にも、ちょこちょこ活字が混ざっている。たけのこの皮の中にあるのは人の写真。澄まして絵の一部におさまっているのも愛嬌がある。
本当にもとは新聞だったんだなあ。新聞ってこんなにたくさんの色があったのかと驚いている。
身近な食材や道具たちが、木村セツさんの手を通して、いっそう親しみやすいものに変っていく。


1ページに、あるいは見開きに、一作品。作品に寄り添うような一言が添えられている。
たとえば、金魚鉢の金魚には、こんな言葉。
「『わたしもいますで』言うて、
 端っこから子供が顔出してますねん。」
さらに、ところどころ、セツさんの人生の一部も、ぽろりぽろりと顔を出しています。


「二〇一九年一月一日、元旦から新聞ちぎり絵始めました。
 おとうさんが前の年の十一月三十日に亡くなって、何もすることなくなって」
こういう言葉から、木村セツさんのちぎり絵は始まるのだ。
それまで趣味はなんにもなかったそうだ。始めたらどんどんのめりこんでいったのだそうだ。
昭和四年、奈良県桜井市に生まれ、今も生まれた家に住んでいるのだそうだ。
戦争が終わったのは16歳のとき。


よく働いた90年間。きっと言葉にならないご苦労をどっさり経験してきただろう。
セツさんのちぎり絵は、ほのぼのと明るくて、温かい。
知らず知らず、小さな笑みがこぼれるような。少なくても余裕が生まれてくるような。
いつのまにか、励ましてもらっているような気持ちになる。