『よくできた女(ひと)』 バーバラ・ピム

 

舞台は戦後まもなくのロンドン。主人公のミルドレッドは教会の教区活動に熱心な、三十代独身の女性である。
「よくできた女(ひと)」とは、彼女の友人知人たちによって言われる言葉である。誉め言葉であるけれど、言われる側はちょっと複雑な気持ちになる。「よくできた女(ひと)」とは、あなたにとって都合の良い女(ひと)のことだろう、と思って。しかも、その言葉は称賛のように聞こえるが、軽い侮蔑がこめられているのを感じて。


ミルドレッドは、友人たちにとっては相談しやすい人だ。そして、何かを頼まれても決して否とは言わない人だ。
よくもまあ、そんなことを友人に頼れるよ、狡いよねえ、と呆れてしまうような厄介な頼み事を、自分がやるしかないか、と受け入れるミルドレッドである。
最初から最後まで振り回されっぱなしにみえる。


ミルドレッドの望みって何なのだろう。ただ、穏やかな一日を過ごすこと以上の望みはあるのだろうか。(でも、その小さな望みは叶っていないよね。彼女のプライベート空間に土足でずかずか入り込んでくる「友人」たちのおかげで)


押し付けられた厄介な役割を、誰もが避けてとおりたいような細々とした面倒ごとを、さも自ら満足して引き受けたように、機嫌よくこなしていくひとは「よくできた女(ひと)」と呼ばれる。
彼女の意志や希望など、取るに足らないと思っているのだろう。人ではなく道具みたい。


ミルドレッドの回りの人たちは、ミルドレッドが内面にどんなに素晴らしい宝をもっているかということも、その宝にしっかりと根を下ろして安定して立っているかということも、逆立ちしたって気づくことができない。
少しだけ開いた手のなかの、彼女の宝物をちょっと見せてもらったような気持ちの読者である。