『ロサリオの鋏』 ホルヘ・フランコ

 

「俺」アントニオが愛したロサリオは、友人エミリオの彼女だった。三人はよく一緒に過ごした。
ロサリオが至近距離から銃弾を浴び、瀕死の状態で救急搬送されたとき、付き添ったのは「俺」だ。


コロンビア第二の都市メデジンは、山に囲まれた街。山のきつい斜面は全部スラムだ。ここで生まれ育った若者にとっての成功は、麻薬マフィアに雇われて殺し屋になるくらいしかない。
殺し屋になれば、何を犠牲にしても、少しはよい暮らしができるが、もはや後戻りのできない世界。自分も近い将来、自分が手を掛けた連中と同じ運命をたどることを知っている。
ロサリオもそうだった。兄や兄の友人の後を追って、マフィアと関わりを持った。
物語の中で、マフィアたちの姿はほとんど見えないが、不気味な影響力を感じずにはいられない。


ロサリオの手術は長くかかる。待ち続けるアントニオは、ロサリオとの思い出を辿っていく。
刹那的、狡く非道なロサリオ。でも、そう思えば思うほど、逆に、彼女の純情さ、一途さが際立つ。彼女との日々は、ほの明るく、美しくさえある。
兄以外の誰にも心を掛けられたことのなかった子どもは、小さい時から一人で生きていくことを、戦って必ず勝ち抜く必要を覚えて育ったのだ。
簡単に傷つけ、傷つけられ、躊躇なく殺す。自分や大切な人を守るためにも殺す。そうして、生き延びてきた若者は、少しずつ内側から壊れていったのかもしれない。
最初の一歩から失敗だったんだ、としても、そんな靴しか履かせてもらえなかった子どもが、どうやって、歩きだし方を学ぶことができただろう。自分の何がおかしいのかもわからなかっただろう。
ロサリオは硬い鎧を身にまとっているよう。触ろうとするものを傷つける毒の鎧だ。激しい激しい。火をつけたら、誰にも止められない。
だけど、その鎧のなかで、彼女はのたうちまわって苦しんでいる。自分の鎧に締め付けられているみたい。


ロサリオを愛するアントニオの気持ちは切ないけれど、彼もエミリオも、良家の息子なのだ。
しょうもないちんぴらだけれど、帰る家があり、帰れば多少居心地の悪い思いをしてもいつでも受け入れられるし、将来は安泰なのだ。彼らは、帰る場所を手放すことはない。
アントニオのロサリオへの思いが切々とうたわれればうたわれるほどに、その立場の違いがいっそう引き立つように思えて、ロサリオの境遇の暗さ、救いようのなさが際立つ。