『最後の語り部』 ドナ・バーバ・ヒグエラ

 

軌道をずれて近づいてくるハレー彗星の衝突で、もうすぐ滅亡する地球を逃れるため、「選ばれた」人びとが別の星に移住することになった。
移動にかかる380年という時間をポッドの中で眠り、睡眠中、移住先で役立つはずの専門的な知識を脳に直接インストールしながら旅行する。
ところが、宇宙船のクルーたちのクーデターにより、宇宙船は乗っ取られてしまう。彼らは、思想集団コレクティブ。睡眠中の移住者は、過去の記憶を忘れさせられ、コレクティブの奴隷になるべく洗脳プログラムをインストールされていく。洗脳に失敗した人間たちは目覚めとともに粛清され、残ったのはわずか四人の子どもたちだった。
13歳になるペトラは、ちょっとした不具合の重なりにより、過去の記憶を忘れていないし、今、自分がどんな危険にさらされているかもほぼ正確にわかっていた。


「みなが同じ考えを持てば、意見の衝突を避けられます。衝突が亡くなれば、戦争もなくなる。戦争にかける費用がなくなれば、飢えもなくなる。文化、外見、知識……などなど、あらゆる面で違いがなくなれば……」
これがコレクティブの信念だけど、その実体はぞっとするものだった。
過去、ペトラのパパが言っていた言葉が蘇ってくる。
「平等と画一はちがう」
「違いっていうのは、全体で見れば、美しさの要素なんだ」


たった一人で巨大なものに立ち向かうペトラの味方は、昔、祖母に聞かされた膨大な「物語」たち。
実体のない物語が、百万の味方にみえる。ペトラの傍らにたち、ペトラの前や後ろにたち、彼女から離れ、広がり、遠くまで駆けていくようなイメージだ。


あちこちに挟み込まれる地球での幸せな日々の記憶が、ペトラを力づけるために何度も帰ってくるようだ。
父とみつけたもの、母や弟と過ごした時間、祖母との会話……
彼女の思い出に何度も温められながら、何かがおかしいと考える人に、立ち止まり考える力を、それから力強く足を踏み出す勇気を、与えてくれる一番大きなものは、子ども時代の幸せな瞬間瞬間の記憶かもしれないと思った。