樋口一葉は、肺結核のため、25歳で亡くなった。一葉亡きあと、友人、妹、同時代の文学者たちが、一葉の思い出を綴る。
執筆者は、薄田泣菫、戸川秋骨、岡野知十、疋田達子、平田禿木、星野天知、馬場孤蝶、三宅花圃、半井桃水、島崎藤村、幸田露伴、田辺夏子、樋口くに。
13人の執筆者の短い随筆を読むうちに、ぼんやりと一葉の姿かたちや暮らしぶりが浮かび上がってくる。
拗ね者、ヒガミ屋、寂しがり、人をもてなすことが好きだったことなど。
巻末の小池昌代さんのエッセイ『一葉とは誰か』のなかで、『にごりえ』のある会話文をあげ、「聞こえてくるのは、一葉が、自らの骨を削る音だ」と書いている。なんという凄味。一葉を表して言われる「拗ね」とか「ヒガミ」という言葉には、「自らの骨を削る音」が隠されているのだ。
一葉の若いころの恋愛沙汰(スキャンダルになったらしい)について、多くの人が書いているが、その書きようから見えてくるのは、一葉ではなく、皮肉にも、むしろ書き手の人柄だと思った。いろいろな考えがある。なかには「黙っときなよ」といいたいようなのも。
一葉の貧しい住まいは、一種のサロンの様相で、ひっきりなしに若い文学者や書生たちが夜遅くまで入り浸って賑わっていたというのに、一葉にまつわる「浮いた話」は、若い時のその話のみだったのか。ほんとうのところはどうだったのかわからないけれど、沈黙の深さよ、苦さよ、と思う。
13の随筆中、もっとも心に残るのは、詩人の薄田泣菫によるもの。13人ちゅう、彼だけが、一葉と交流はない。ただ、図書館でふと見かけた一葉の印象的な姿と所作とを書いているのだけれど、それが、本当に鮮やかなのだ。
ほんの一瞬の出来事ながら、読む者にとっても忘れられない絵になった。13葉中の、どのポルトレよりも、心に刻み付けられている。