『ある犬の飼い主の一日』 サンダー・コラールト

 

高齢の愛犬スフルクと暮らすヘンクは56歳の看護師。彼が、朝ベッドで目を覚ましてから夜目を閉じるまでの、ある夏の一日。


ヘンクは仕事場での昨日の小さなトラブルを思い起こす。
昔別れた妻との日々を思い出す。
認知症を患う18歳上の元同僚(元恋人)をいつものように見舞い、出会ったころのことを思い出す。
亡くなった兄やあまり気が合わない弟のことを思う……
半分妄想を交えてのあれやこれやの内省は、ほとんど考えすぎではないか、そのせいで自分をどこかの隅っこに追い詰めているのではないかと思えて、ちょっとはらはらする。ちょっと痛い人かなと思う。


繰り返すルーティンとともに、今日だけの、特別ないくつかのことも起る。
愛しい姪は、今日17歳の誕生日を迎える。
相棒のスフルクは、この日、死に向かって着実に進んでいく重大な病気であることがわかる。
妻と別れてから初めての恋に落ちる日でもある。


本当は、何かとんでもないことが起るのではないか、と思った。
17歳の姪に「おじさんは本物の大人じゃないから」と言われるようなヘンク(実際、姪のほうがずっと大人に見える)の考察(?)がとんでもないことのきっかけになるのではないか、と思っていたけれど、そうではなかった。


当たり前の一日は、何かが起きそうな(実際起きても起きなくても)小さなディテールのつみかさねで出来ている。
当たり前の一日は、いつのことでもあり得るような出来事と、その日だからこその特別な出来事とで出来ている。


彼は、バスの窓から、ボートで愉しむ少年たちを見て、その光景を楽しんでいるように見える。でも、彼が見ているのは、目の前にある光景の向こうにある「本質的に良いもの」だ。
ある人たちが会話している。情報の交換であるその会話の、ほんとうに最も重要な部分は「会話の背景で全く別のことが起きている」ということだ。
こうしたことを、一日のうちに一つでも感じられたら、その日は、何がどのように起り進行したとしても、大切な日なのではないか。続いていく一日一日の当たり前が、静かに色づき、脈を打って生きている。