『幻の馬幻の騎手』 キャサリン・アン・ポーター

 

ミランダという女性を主人公にした連作中編二作。『死の定め』『幻の馬 幻の騎手』


『死の定め』
1912年までのミランダの青春時代を、若いまま亡くなった奔放で魅力的な伯母エミーの思い出を絡めながら描いていく。
道徳的で快適な家庭が、じつは不愉快な不純物がいっぱい詰まっていて、それに順応することで成り立っていることに、ミランダもエミーも気がついてしまう。気がついた以上、もうそこに狎れあってはいられないくらいに二人とも自由だ。
そういう娘の繊細さと行動力は、危険をはらんでいるようでハラハラするし、進む一足ごとに、きっと人一倍傷つくのだろうと思う。
けれど、
「わたしはあなたの過ちでなくて、自分の過ちをおかします」
ミランダは言う。
どんなリスクも受け入れる覚悟をしている。野生的な強さも感じる。


『幻の馬 幻の騎手』
第一次大戦の気が滅入るような町の描写、人びとの描写。
スペイン風邪の流行期でもある。
薬も医者も足りない、病院のベッドも足りない。救急車は来ない。
この既視感。
新型コロナによる非常事態宣言下の閉塞感が蘇ってくる。
ミランダは戦争が始まって以来ずっと頭痛が続いている。
休暇中の兵士アダムとの恋は束の間。ミランダには口に出して言えない本当の気持ちがある。たぶん戦時下の恋人たち、いいえ、あらゆる年齢、あらゆる身分の人たちの共通の思いだろう。
まるで悪夢のよう、どろんとした空気の中をただ生きているだけの人たちのちっとも楽しげではない笑い声が印象的だ。
物語の初めでミランダは夢を見ている。早朝、厩から愛馬を引き出して駆けていく夢。清澄な朝の空気。そこでなぜミランダは馬を止めたのか。ミランダの横を駆け抜けていく人は誰なのか。
読みながらずっと気になっていたこの夢が、ただの夢ではなかったと気がついた。