『ラプラスの魔女』 東野圭吾

 

ラプラスというのは数学者の名前とのことで、
「もし、この世に存在するすべての原子の現在位置と運動量を把握する知性が存在するならば、その存在は、物理学を用いることでこれらの原子の時間的変化を計算できるだろうから、未来の状態がどうなるかを完全に予想することができる」
という仮説をたてたそうだ。そして、後年、この存在のことは「ラプラスの悪魔」と呼ばれるようになったそうだ。


最初に、「彼女」がマジックまがいのちょっとした不思議なことをやっているのを何度か見せられて、どんな超能力だろうと思った。こんなことが出来る人は、計り知れない力を持っているに違いない、もっと他の事もいろいろとできるにちがいない、と思ってしまう。それは、未知のものに対する恐れから。
確かに普通の人からみたら超能力にはちがいないのだけれど、彼女にできることはそこまで大きくはないのだ。大きくないというか、抜きん出た能力がただ一つ。他より長けた一つのことが、ほかのいろいろな能力に作用するし、実際驚くほどの広範囲で応用できるのだろう。


温泉地で硫化水素ガスの中毒で人が死ぬという事故が、時を置いて二件。状況の不自然さを感じたのは、地球化学を専門にする教授。それから、これは殺人事件ではないかと疑う刑事である。
どちらの現場にも印象的な、不思議な少女が現れる。彼女は友だちを探しているという。
じつは、この二つの事件の前に、読者は、彼女の不思議な力を見せられているので、この事件にも超自然な何かが関与しているのだろう、普通の人が普通の筋道で解決できるような事件ではないのではないかと思った。
怪しげな人たち、不思議な機関、怪しげな過去の事件の顛末、などなど次から次に。
探偵が出てきて一気に謎を解く、というミステリではないが、少しずつわかってくるそれぞれの事情に、そういうことだったのかと、その都度驚く。
驚きつつ、関係者たちの心情を思うと、そうそう簡単に割り切れない複雑な気持ちになる。


夢中で読み終えたもののすっきりはしない。
このどんよりとした気持ちは、人の命を命とも思わないあの人たちへの不快感よりも、最初から最後まで一度も姿を見せない大きな存在のせいだ。
「所詮、俺たちは駒だ」というやりきれない言葉をそのままに、意識させられたせいだ。