『ひみつの犬』 岩瀬成子

 

小学五年生の石上羽美(うみ)が住むマンションに引っ越してきた細田くんの親子は、大型犬のトミオを家の中に隠している。ペット禁止のマンションなので、みつかったら困るのだ。細田くんは、トミオを引き取ってくれる人を探していて、羽美も協力することになった。


物語の始まりで、羽美は、ちょっとしたことで担任の先生に注意を受けるのだが、先生の指摘が正しいとは彼女には思えない。「先生が怒ると生徒があやまる、というのは決まりなの、と思う」という羽美は、鋭い。
自分の身に着けるものを、黒に統一しようとするのは、どういう気持ちなのだろう。黒は落ち着く、というけれど、羽美の徹底したこだわりに、息苦しさも感じる。
細田くんと、トミオの引き取り先を探し始めたことをきっかけに、彼女の持ち前の正義感は、ちょっとあらぬほうに走り始める。否応なく巻き込まれていく細田くんは困惑しているのに。(細田くんの愛犬を思う気持ちが切なく愛おしい)


「羽美はね、自分の考えこそ正しいって、どうしても言わなくちゃ気がすまないところがあるでしょ。小さいときからそうだったけど、でもね、ちょっと見方を変えると、ものごとの違う面も見えてくるはずよ」とある時、お母さんは指摘する。羽美はむかむかしながら「わたしがまちがってるってこと?」と問い返す。
正しいかまちがっているか、白か黒か、で考えると、自分も周りの人も息苦しくなってしまう。すでになっている。


だけど、では羽美が考え方を改めればよいのか、といえば、それもまた白か黒かというような単純な話になってしまう。では、どうすればいいのだろう、どうなっていくのだろう、と思っていたら、わあ……。こういう感じになったのか。
そもそも、岩瀬成子さんの描き出すこどもの姿が単純ではない。大人が思う以上に細々としたことに敏感で、いろいろなことがちゃんと見えていたりする。その細かさの積み重ねにどきっとする。何十年も大人をやっていても、子どもにはかなわないと思う時がある。


細田くんが最後に言う「石上さん、前の感じとちょっと違っちゃってる」を清々しく読むまでには、いろいろとある。単純ではないいろいろが。