「吹き抜ける風の蒸し暑さが、夏がまだ終わっていないことを物語っている」
たちまち、夏休みの終わりの空気が蘇ってきた。かったるいような名残惜しいような……。なんて心ひかれる出だし、と思った。
学習塾帰りの小学四年生の五人組が、まったく大したことないままに夏休みが終わっていくのを恨めしく思っている。
ひとりが言う。「おれたちの夏休み、取り戻したくないか?」
そうして「城野原団地・児童連続失踪事件」が始まるのだった。
奇妙な、子どもの連続失踪事件に興味を惹かれ、取材を始めたのが、『月刊ウラガワ』のフリー記者・佐々木大悟と、編集部新人・猿渡守。
団地に住む子どもたちが一週間おきに順番に、奇妙な犯行声明文を残して失踪する。文字通り忽然と消えてしまう。いなくなった子は、二、三日後にけろりとして帰ってくるのだけれど。
この失踪は、仲間同志のチームワークでなりたっている。小学四年生と侮ってもらっては困る、とばかりの、凝ったトリックが仕込まれている。それを大人二人が、あばいていく。
子どもたちと大人二人の知恵比べ。ちょっとやりすぎの感はあるけど、子どもたち、楽しんでいるのだな、と思っていたのだ。
ところが、彼らの「夏を取り戻す」作戦には、隠された意味と目的があったのだ。子どもたちにとって、失踪事件はただ遊びではなかった。
彼らの夏ってなんだろう。本当は誰から何を取り戻したかったのだろう。
トリックや状況など、正直、ほんとに可能かな、と首を傾げたくなる場面もあったけれど、引き込まれる。
もしかしたら事件は解決した……と思っても油断してはだめ。最後の最後までだめだよ、と、今は振り返って、無防備の自分に警告してやりたい。
事件に直接関係するわけではないけれど、子どもたちの悩みや苦しみの多くが、彼らを巡る大人たちの無意識にあるのだなあ、としみじみと感じる。脇役の脇役に徹している、物語の中では名前さえないあの人もあの人も。自分では思いもよらないことだろうけど。
1996年の夏の終わりの物語だが、エピローグで現在(二十年後)の彼らに再会する。すっかり大人になった彼らの目で二十年前を振り返れば、悲壮な覚悟で挑んだ日々は、同時に幸せな日々でもあった。
団地のベランダ、放課後の酒屋、ビニールシートの秘密基地、公園のブランコ……
名残惜しいね。懐かしいね。
二十年が過ぎて、本当に夏を見送れる、と感じている。