『殺人は容易だ』 アガサ・クリスティー

 

もと植民地駐在警察官のルークは、あるとき、ロンドンに向かう電車で、一人の老婦人に出会う。
彼女の村では、このところ、人が多く死ぬ。不慮の事故のようだが、本当は一人の犯人による殺人で、彼女は、このあと殺されるはずの人も、犯人もわかってしまったのだという。これからロンドン警視庁に知らせにいく、という。
「殺人はとても容易なんですよ――だれにも疑われなければね」という言葉を残して去った彼女は、実際にはロンドン警視庁に着くことはなかった。その途中で交通事故にあって亡くなったのだから。
その数日後、ルークは、新聞で、ある医師の死を知るが、その名前は……かの老婦人が言っていた、次に殺されるはずの人の名前だったのだ。
最初は、老婦人の話を真に受けなかったルークだったが、こうなると、本当は何が起こっているのか調べてみないではいられなくなる。
そして、その村、ウィッチウッド村に乗り込むのだ。友人のツテで、この村に住む若い女性ブリジェットの従兄弟ということにして。村の伝承や迷信についての研究者ということにして。


魔女集会があった最後の村で、奇怪な伝説も、魔術も、怪しい儀式も、ここには生きているようだった。
ルークを迎えに出たブリジェットは、黒髪をなびかせて、まるで美しい魔女のようだった。
踊る小鬼のように歩きまわる骨董品屋の主人もいる。
一方で、村の伝説に困惑する、地道な暮らしの多くの人々がいる。


ルークが身を寄せるアッシュ館は、アン女王時代の様式の地味で美しい建物だったことがしのばれるが、今は主の趣味により、けばけばしい「城」に変えられていた。
いろいろなものが、不協和音的に混ざり合った館の奇妙な雰囲気は、そのまま物語全体のイメージに重なる。


何人、不慮の死をとげようが、誰も殺人なんて思いもかけない村である。亡くなった人たちは、互いにどこにも接点がなさそうだし、共通の敵がいるようにも見えない。
だけど、やはりなんだかおかしい。
このおかしいが、村や館に漂う、神秘的でありながら即物的でもある、奇妙な雰囲気に溶け合っている。陰鬱なテーマパークみたい。


雲をつかむような話。と、ルークを追いかけながら、ちょっと途方に暮れる。だけど謎はやがて解ける。もしかしたら?が、やっぱりだ、になり、ああ、そっちにいっちゃ危ないよ!となって……
でも、まずは、この雰囲気にゆっくり浸ろう。