『七つの時計』 アガサ・クリスティー

 

少し前に読んだ『チムニーズ館の秘密』のチムニーズ館から物語は始まる。『チムニーズ館…』の面々がこちらにも登場し、相変わらずの個性(というかアクというか)を発揮している。
『チムニーズ館…』では完全に脇役だったバンドル(チムニーズ館の所有者ケイタラム卿の一人娘)が、ロンドン警視庁のバトル警視の力を借りながら大活躍をする。


チムニーズ館に滞在し、のんびりと休暇を過ごした若者たちのうちの二人が、前後して事故(薬の誤飲、銃による過失)により亡くなる。
でも、ほんとうに二人の死は事故だったのだろうか。
不思議な符丁はマントルピースの上に並んだ七つの時計。それから、一人がもらした「セブンダイヤルズ」という言葉。
たまたま二人目が亡くなる場に居合わせたバンドルは、「セブンダイヤルズ」という言葉にひっかかる。
亡くなった若者の親友たちと協力して、二人の死の真相を究明しようとする。


友人たちの死の真相を知りたい、から、ある秘密結社の存在を知り、国家規模のとんでもないことに巻き込まれていく若者たち。
でも、この「とんでもないこと」って、彼らにとってはそれほど遠くで起きている話ではないのだ。身の回りに政治家も財界人もぞろぞろいる、という境遇だから。
そうだとしたら、秘密結社の、顔を隠したメンバーの正体も、謎の首魁の正体も……案外身近な誰かかもしれない。


バンドルにしてもほかの若者たちにしても特権階級の坊ちゃん嬢ちゃんたち、正直言って鼻持ちならないのである。
使用人を顎で使い、「あの店は僕らの階級が行くような店ではない」みたいな言葉をちょろっと言えるような彼らの生活ぶりは本当は好きではない。
好きではないが……若者たちが額よせあって相談し合い、怖いもの知らずの冒険に乗り出したりは、ちょっと楽しい。こんなことができるのは……やはりそれなりに豊かな閑があるから、か。
殺人事件まで起きているのに、物語は、ゆるく長閑なコメディだ。
ケイタラム卿とバンドル父娘のまったく噛み合わない会話には笑ってしまう。ふわふわとしたケイタラム卿のおしゃべりは楽しい。