『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』 アガサ・クリスティー

 

ボビイは、友人とゴルフをしている時に、悲鳴を聞いた。誰かが崖から落ちたのだ。
崖を降りてかけつけると、まだ息のあった被害者は、一度だけ息を吹き返して、「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか」という言葉を残したのだった。
やがて、死者の妹夫妻により、身元はすぐに判明するが、死者の最後の言葉を聞いたボビイの身辺は、おかしなことが起り始める。危なく毒殺されかかったりも。
ボビイは幼馴染のフランキーとともに、もしや死者は崖から落ちたのではなくて、落とされたのではないか、と考え至り、犯人を捜す冒険に乗り出す。


被害者の今際の言葉をきいてしまったボビイに危険が及んでいるのだから、これは深刻な話であるが、のんびりとした彼からは、どこか他人事めいたお気楽さを感じる。二人、冒険を楽しんでいる。
主に、人脈も財力も豊かなフランキー(伯爵令嬢)が、もてるものをパアパア使うので、もう驚くより、開き直って気持ちがいいくらいなのだ。


ボビイは、フランキーのことを幼馴染という以上の気持ちで思っている。
だけど、伯爵令嬢のフランキーに対して、牧師の息子であるボビイは、身分違いであることから、気持ちを封じている。
その気持ちを思うと、ちょっとせつなくなる。きっとこの二人、最後には良いことになると思いながら読んでいたのだけれど……大丈夫かなあ。


問題のエヴァンズとは何者なのか。崖の人は本当に殺されたのか。
身元が確認される、ということは、事実が一つ確立されるということであるけれど、その分、ほかの万の可能性全部にバツ印をつけることでもある。
ぐるぐると駆け回った末に、良く知っていると思っていたそこに帰ってくるのか、という驚きと、全く思ってもみなかった扉が開く驚きとに、翻弄された。
若い二人と一緒に本のなかを駆け回る楽しい読書だった。