『ヘヴィ あるアメリカ人の回想録』 キエセ・レイモン

9784907497149

 

「母さん、あなたに向けて書くつもりはなかった。僕は嘘を書きたかった。正直に書きたくはなかった」
と始まるこれは、散文、回想録……何だろう。


著者はミシシッピ州ジャクソンで育った「色の濃い黒人の大男」だ。
祖母は、白人の家の掃除と洗濯をしながら、子どもたちを育てた。
母は、博士号を持つ研究者で、大学で教えている。
母は、息子のキエセにおとぎ話をしてくれたことはなかったが、家の中には本があった。母がしてくれたのは、「その本を読み、再読して、ものを書き、推敲する」ようにさせたことだった。
そうして、何度も推敲し、再読し、書き直されて、出来上がったこの本は、きっと本当の事しか書かれていないのだ。


「今までの倍、優秀になって、今までの倍、気をつけなさい」と母は言った。
「白人の倍、優秀だったら、白人の半分は手に入れられる。それ以下なら地獄行きよ」
母は、そうやって、今日までやってきたのだろう。そして、息子にもそうあってほしいと願った。
だけど、母も(その兄も)、息子である著者キエセも、輝かしい経歴とアカデミックな職を得ながら、何らかの依存症になって徐々に壊れていくのだ。


高校の授業中、誰も間違えようのない単純な質問に正解したことを教師から、頭をぽんぽんしながら褒められる。本人にとってそれは侮辱以外の何物でもなかった。
白人だったらほぼ不問にされるような失敗を、黒人がしたら、激しく罰せられる。たとえば、著者が大学を退学になった理由は、図書館の本を無断で持ち出した(その後無断で返した)ことだ。
大学に勤めるようになってからも、警備員から突然に何度も身分証明書の提示を求められた。
警官に車を止められて職務質問をされることはしょっちゅうだ。
「(白人たちは)わたしたちが優秀だと、どうしていいかわからないの。だから、できることをなんでもして、わたしたちを懲らしめようとする」キエセの母の言葉。


USA、USAと人びとが連呼するときには気を付けなければいけない。その言葉は、ある人種が暮らしやすくするために別の人種をさらに惨めな場所に追い込む人びとが、そういう人々を守る国のために団結しようとしているのだから。


そうした歪な国の片隅の一塊のコミュニティは、まるであおりを食うように、さらに歪になっていく。薬やギャンブル、食べることに依存する人たちがいる。
子どもを殴り、鞭打ち、抱きしめる母親がいる。
年上の男たちは年下の男たちにこう教えるのだ。「黒人の女の子には何をしてもいい」


母に宛てて書いた手記は、個人的な事実(でも、きっと、ほんとは普遍的)が赤裸々に重ねられていく。
がんじがらめにされて、何処にも抜けだす穴なんて見当たらない。どんなに努力をして、ある地位を手に入れたとしても、ただ肌の色が違う、というだけで、何もなかった頃よりもさらに惨めになっていくようにも感じられる。
読めば読むほど、おまえに何がわかるか、と突き放されるような気がして、居心地が悪くなる。きれいな言葉なんて書けない。本当の事だけを書いた著者を前にしたら、気の利いたことを書こうとすると、嘘の言葉になってしまいそうだ。
今、著者や著者の家族はどうしているのだろう。